『紅い夢の夜』 「零〜紅い蝶〜」二次創作 注意:  この作品は、株式会社テクモから販売された『零〜紅い蝶〜』の人物・世界設定を使用しています。  作中に登場する団体・人物の名称は、全て架空のものです。  作中には『零〜紅い蝶〜』のイージー/ノーマル、ハード/ナイトメアモードの一部ネタバレが含まれますので、エンディングをまだ見られていない方はご注意下さい。  また、内容に一部性的表現が含まれますので、十八歳未満の方の閲覧は禁止させていただきます。                           2004/10/20:修正:sugich                           2004/08/25:修正:sugich                           2004/01/24:修正:sugich                           2003/12/14:修正:sugich                           2003/12/13:修正:sugich                           2003/12/12:修正:sugich                           2003/12/11:初版:sugich ------------------------------------------------------------------------------  夢を、見ていたの。  もうわたしの目では見ることのできない風景の夢。  お姉ちゃんと一緒にあの懐かしい岸辺に並んで腰を下ろし、遠く山辺に落ちる紅い夕日をただ眺めている、そんな夢を。  木々や草々が風に揺られ微かにたてる葉擦れの音だけが聞こえて。  話す言葉もなく、お姉ちゃんはわたしの隣でわたしと同じものをただ静かに見つめている。互いの肩を寄せ合い手を重ねて、今にも落ちてゆこうとする紅と黒とが混ざり合う瞬間の姿を遙かに望んで。  紅い、紅い──まるで何かが滅び命を失う断末魔の瞬間にだけ輝く光のような、ある刹那にだけきらめいて後はどす赤黒く闇に沈み込む色のような──血のような紅い夕日、紅く染まる雲間、紅の景色。 「澪」  声がした。  いつもの、お姉ちゃんがわたしを呼ぶ小さな声。  それはいつものこと、いつもの仕草、いつもの重さ、いつもの温もり。肩にもたれ掛かってくるお姉ちゃんのいつもの心地よい重さを……わたしは一瞬だけ感じて、すうっとその重さが消えた。  驚いて振り向くと、そこにお姉ちゃんの姿は無くて。 「お姉ちゃん?」  代わりに、穏やかに紅い塵が舞い落ち、それは一つの形となった。  紅い蝶がはばたく。  紅い蝶、はっきりとしない記憶の向こう、いつかの刻に見た紅い蝶、悲しい双子の蝶、失われた半身の成れの果て。紅く輝く鱗粉を撒いて、わたしの周りをくるくるひらひらと舞い、ふわりと胸のリボンの上にとまる。  そして、理解した。  あぁ、お姉ちゃんは蝶になったんだと。  紅い夕日の輝きの中で、その紅い色そのままの羽を持つ蝶に、一瞬を永遠に代える遠いとおい昔からのおまじないを唱えて。  日は落ちる。  夜の帳が落ち、闇が世界を覆い尽くして。  空にあるはずの月も星も見えず、何も無い何も見えない暗闇だけの世界がやってくる。  でも、大丈夫。  でも、怖くない寂しくない。  わたしにはお姉ちゃんがいるから。  暗闇という名の優しい繭の中に籠もり、何も無い何も見えない世界の中で、お姉ちゃんの紅い蝶だけが、わたしの胸の上でトクントクンと輝いているのが分かるから。  だから大丈夫。  だから怖くない寂しくない。  ずっとお姉ちゃんが一緒にいてくれるから。  幽かに、だれかが唄っている子守歌が聞こえる。  ──ねんねん、ころりよ、おころりよ。  ──ぼうやはよい子だ、ねんねしな。  暗闇の中の温かさ、どこか懐かしい唄声が誘う安らぎ。  わたしは、夢の中で夢を見る。  わたしの居場所、わたしのありか。  お姉ちゃんの在り処、お姉ちゃんのいばしょ。  それが『ここ』なのだと……。          § 「……みお」 「……」 「澪」 「……ん……お姉ちゃん……」  気がつくと、お姉ちゃんがわたしを軽く揺り起こしている。  少しうつらうつらしていたのかな、というかうたた寝していたのはこの状況から考えて間違いない。  わたしはゆっくりと目を開く。  けれど、リビングの風景も蛍光灯の光も何も目には入ってこない。少しだけの期待が、ため息とともに消えていく。  目を覚ましたはずなのに、どこにも光のない世界。夜も昼も関係ない、瞼を閉じて寝ているのと変わらない世界が、今のわたしの世界。  なぜならわたしは、少し前に失明していたから。 「お姉ちゃん、わたし寝てた?」 「うん、寝てた、三十分ぐらい」 「映画は?」 「消しちゃったよ」  今夜はお母さんは少し離れた所の知り合いのお医者さんに会うために出かけていて、お姉ちゃんと二人きりだった。  リビングのソファでお姉ちゃんの肩にもたれ掛かるようにして……あ、実は口の端に涎も垂れてるっぽい。ティッシュを探そうとわたしが手を伸ばすよりも早く、お姉ちゃんがティッシュで涎を拭き取ってくれる。 「ありがと」  ちょっと恥ずかしい。 「もう寝よっか」 「そうしよっか。  じゃ、クーラーはもうちゃんと効いてると思うから隣の部屋に行こ」  そういうとお姉ちゃんはわたしの手を取って立ち上がった。 「うん」  夏休みのあの事件の後、わたしの目がもう二度と見えるようにはならないということはそれとなく覚悟してた。  眼球や視神経がダメになったのではなく、どうやら脳の中の視覚を司る部分がおかしくなってしまっているのが原因らしい。  本当のことを言い出せないそぶりのお母さんに対して「ちゃんと話して」と強く言ったのは、あきらめと生殺しのような状態が続くことにもう嫌気がさしていたから。  それに、あの、家族で行った懐かしい故郷、秘密の場所で起こった事件。あの夜の、地図から消えた村での恐ろしい体験は、実は頭にもやがかかったようによく思い出せない。なにかとてもとても恐ろしいものを見て、お姉ちゃんと一緒に逃げてきたというぐらいにしかわからなくなっている。  けれど思い出せないというそのことがどれほどありがたいことなのか、というのは本能のような部分で分かった。わたしの目が見えなくなったのはその恐ろしいなにかを見てしまったからで、それもただ目が見えなくなっただけで済んだのは幸運としかいえないような状況だったんだと。恐ろしくおぞましいなにかは、わたしの視力と記憶とを道連れに脳の一部を焼きつかせてしまったんだと。  もちろんそれで総てあきらめられるわけじゃないけれど……悲しみや憤りも何もかも、ヒステリー起こしたい気分も合わせて、もしかしたらソレと一緒に壊れて消えてしまったのかもしれない。  だからお医者さんには、いきなり目が見えなくなったという患者さんの中でも、ものすごく落ち着いている方だと褒められてしまった。嬉しいやら嬉しくないやら。  そして病院から家に帰ってきて、わたしの日常生活は変わった。  以前と違って目が見えなくなったんだから当たり前といえば当たり前なんだけれど。  ただ、まだ学校は始まっていなくて夏休み中だというのも助かっている点の一つ。それにもしかしたら夏休みが開けたら暫く休学するかもという話も出てはいる。  それでもまずは家からでも、できるだけ早めに『見えない生活』に慣れた方がいいのではというお母さんの意見を、お姉ちゃんは「まだ慣れるには早すぎるし、怪我をしたら大変だから」と強く反対した。  結局お姉ちゃんの意見に折れる形で、二階のわたしの部屋から細々としたものや洋服、それにお布団とかを一階のリビング隣にある和室に移して、そこがわたしのしばらくの間の部屋ということになった。  当然のように、と言っていいのかどうかはわからないけれど、お姉ちゃんもわたしと一緒にその部屋で寝ることになったのだけれど。  お姉ちゃんは、わたしとずっと一緒にいてくれる。  まだ病院にいた時は、お見舞いの面会時間が始まる朝から夜まで。家に帰ってからは、それこそ文字通りずうっと──ただしおトイレ以外は。寝るときだけでなく、ごはんの時にぽろぽろ落としたり欲しいものがみつからなかったりしないようにしてくれたり、着替えの手伝いやチェック、髪を梳かしてくれて、顔を洗う時、歯を磨く時、ぼうっとして音楽を聴いている時はそばで同じ音楽を聴いて、家の中を手さぐりで歩いてリハビリする時にはずっと見ていてくれて。  それに、恥ずかしいけどお風呂も一緒。わたしが絶対にダメって言っても、「滑ったり熱湯で火傷したりしたら大変だから」と言って聞いてくれない。一度は聞き入れてくれたと思ったら、後からなんでもないようにドアを開けて入ってきたりして、どうしてもわたしを一人でお風呂に入らせるつもりは無いみたい。わたしとお姉ちゃんは家族だし、もともと一卵性双生児なんだからほとんど同じ身体、お姉ちゃんだって十分見慣れてるはずのものなんだからわたしが見られたって恥ずかしがる必要はない、ない、ない!……と思っても、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしくて。しかもなんだかお姉ちゃんはずっとわたしの裸を見ているんじゃないかって、そんな風に思う時もある。背中を洗ってくれて、髪をすすいでくれて、湯船に入るとき、出る時、脱衣場で着替える時。お姉ちゃんの強い視線を感じる時がいっぱいある。  わたしは、いつもお姉ちゃんに見られている。それは姉ちゃんが、いつもわたしの傍にいるから、いてくれるから。  こんな調子じゃ、わたしはきっと『見えない生活』に慣れることなんてできないんじゃないかと思うくらい、お姉ちゃんは世話を焼いてくれる。わたしが「心配ないから」と言っても、「でも……やっぱりダメだよ」と言って譲らない。まさに過保護という言葉は今のお姉ちゃんのためにあるようで。  わたしの、夏休みが終わる前に少しでも自分一人でちゃんとできるように頑張らないとという気持ちも、そんなお姉ちゃんの前ではすぐに消えてしまう。たった一人で暗闇の世界に居るのは怖いという本音の部分が、だけどお姉ちゃんがいつも一緒に居てくれるなら怖くない、お姉ちゃんの体温が感じられるなら大丈夫、という気持ちに覆い隠されてしまう。  少し前まで当たり前のようにあった光ある世界に代わって、前よりもずっと近くに感じられるお姉ちゃんの存在というものがあって。わたしにはそれだけが確かなもののように感じられるようになってきて……これじゃイケナイ、イケナイと首をふっても。  思い出す、お姉ちゃんの顔。  目が見えなくなってから、わたしはよくお姉ちゃんの顔を触るようになった。  記憶にある顔の形を指でなぞっては確かめていく。白く柔らかな頬、瞼、おとなしさを表した眉の形、はらはらと前髪を梳いて、額、鼻梁に沿って、可愛らしい小鼻、湿りけのある息が漏れる唇。もう一度頬そなぞって、唇へ。お姉ちゃんの唇、舌がちろと指先に触れる。わたしの名を呼んでくれる唇……わたしの指をお姉ちゃんの手が握ってくれて、そうしたら、わたしは指を絡める。絡められた指がほどかれて手の内と外が入れ代わると、今度はお姉ちゃんがわたしの唇に触れる。お姉ちゃんの指先が唇をなぞり滑って頬に当てられ、いつの間にか互いの吐息が混じり合うぐらいに二人の顔は近づいていて。  掠れるような小さな声。「澪」という吐息、「お姉ちゃん」という吐息。  お姉ちゃんの匂い、ふわりと甘い香り。  重ね合わされる唇。お姉ちゃんの唇。柔らかさと、温かさ。ついばむように。  少し離れて、もう一度。  唇を開いて、受け入れて、受け入れられて。  蕩けるように、ねっとりと熱く、甘い、お姉ちゃんの舌とお姉ちゃんの唾液。   ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ  舌を突き出して、絡めて。唾液を互いに混じらせて。  お姉ちゃんの味を感じられるように、お姉ちゃんがわたしの味を感じられるように。  深く、深く、長く、長く、永く。  お姉ちゃんとわたしとのファーストキスは、つい数日前のこと。お母さんのいない夏休みの昼下がり、クーラーの効いたリビングのソファの上で、今と同じようにお姉ちゃんの顔を確かめているうちに自然にそうなってしまっていた。  驚いたのは唇が触れ合った瞬間だけ、わたしの心はすぐにそのことを受け入れてしまったから。  お姉ちゃんとキスしているんだという、本当に自然で当たり前のような気持ちで、 「……キス、したよ」 「……キス、したね」 と、いう風に。  そんな軽いキスが、もっと深い口づけに変わるのは当たり前のことだった。  わたしは、目が見えなくてもキスという行為は変わらないと思う。だって、キスは普通目を閉じてするものだから。目が見えても見えなくても変わらないものを見つけられた、だから嬉しい。お姉ちゃんと一緒に見つけられた、だから幸せ。  嬉しくて幸せな気持ちになれるから何度だってするし、したいとも思う……お姉ちゃんとのキス。  お姉ちゃんと抱き合い互いの身体を寄せ合って、唇と唇とを重ね合わせて。  それがこんなにも心地よくて、安心できて、温かくて、暖かくて、気持ちよくて、蕩けるような気持ちになれるのは、どうしてなんだろう。  お互いに求めて、求められて、互いに応えて、応えられて。お姉ちゃんの存在だけが感じられるということが、こんなにも、泣きたくなるくらい幸せだなんて。  もう、この温もりがない世界なんてわたしには考えられない。  今のわたしにとって一番確かに感じ取れるもの、それが、お姉ちゃんだから。無くなってしまった目のかわりに、お姉ちゃんがわたしを呼ぶ声と、お姉ちゃんの首筋に顔を埋めた時に香る匂いと、唇を交し合ったキスの味と、互いに繋いだ手の温もりが、わたしを満たしてくれるから。  わたしは、もしかしたら……ううん、もしかしなくても、少しおかしくなっているのかもしれない。  普通に家族に向ける愛情とは違う愛情、恋慕、孤独と寂しさの穴埋め、依存心、独占欲、狂った恋、恋焦がれるもの、つなぎ止めたい、一つになりたい、一つに還りたいという気持ち、それを何時からだろう、知ってしまったように思う。  お姉ちゃんがわたしに向けている気持ちがそれだと気づいて、そしてわたしも同じような気持ちになってしまっていること。  わたしたちはもう戻れない所へと、最初の一歩を踏み出してしまっているのかもしれない。          §  浅い眠りの中で、わたしはまた同じ夢を見る。  うたた寝していた時と似た、紅い蝶の夢。  けれど少し違うのは、胸の紅い蝶が小さいままではなくどんどん大きくなって、わたしを覆い尽くしてしまったこと。  夢か現か分からないような、不思議な気分。  クーラーが弱いのか、少し暑い……。  あつい……あつい……。  寝る前にはちょうどよく効いていたクーラーが今は全然涼しくなくて、とてもあつく感じられる。  部屋の空気が淀んでいるような、けれどただ暑いというだけじゃないあつさ。湿気を含んだあつさ。甘く熟れたようなあつさ。  ずくんずくんと、なにか身体の奥底を刺激するようなあつさ。ドロっとしたあつさ。 「お姉ちゃん……あついよ」  小さく口に出してみる。  もしもお姉ちゃんもこのあつさに気づいて起きているなら、なんとかしてくれるかもしれないと考えたから。  けれど、その願いは予想もしなかった形でわたしに返される。 「……そう、あついよね、澪。  わたしもね、とてもあついの……だから」  直接的に……そう、わたしの唇に。  目を見開く! 「おねえちゃっ」  けれど、やっぱり何も見えない。  でも見えなくてもわかるのは、わたしの真上にお姉ちゃんがいるということ。突然わたしにキスをしたということ。両手を押さえ込まれのしかかられて、身動きのとれない形で、叫ぼうとした口を塞ぐようにして逆により深くキスをされている。  なぜ、どうして?  わからない。  お姉ちゃんの匂いがいつもよりずっと強く感じられる。じーんと痺れるような甘い香り、甘い味。  逃げようともがいても逃げられない。お姉ちゃんの舌はナメクジのように動いてわたしの舌を放そうとしない。絡めて、逃げて、また絡め捕られて、逃げているのが逃げたいからなのか、逆に捕まえて欲しいからなのかわからなくなるような舌の動き。いやらしくウネウネと動き、吸い尽くすような動き。  息が苦しい。あつくて苦しい。  甘くて苦しい、あつくて苦しい。  お姉ちゃんの舌が甘くてあつくて苦しくて怖くて、どうしよう、キモチイイ。気持ちよすぎて、怖い。  放して、離して、もうダメになっちゃうから。どうしよう、どうしよう。  にゅるにゅると、わたしはお姉ちゃんに口の中を犯されてる。  お姉ちゃんに犯されてる。犯されようとしている!  手を放して、唇を離して、身体を離して、これ以上入ってこないで、おかさないで。  お願いお姉ちゃん、くるしくてくるしてく気持ちよくて、何も分からなくなりそうだから、お願いだからはなして、わたしを、おねえちゃんっ!   ぬぱぁ  わたしの思いが伝わったのか、それとも息が苦しくなったのか、お姉ちゃんはわたしから唇を離した。  はぁはぁと短く息を吸って吐いて、呼吸を少しでも整える。  そして分かるのは、お姉ちゃんが今も互いの鼻を擦りつけるような位置でわたしを見つめていること。両手は開放されず、わたしの息とお姉ちゃんの息とか混じり合って熱く渦をまいている。 「お、おねえちゃん、どうして」  もう一度聞いてみる。  沈黙の後、答えは返ってきた。 「……夢を見た、から」 「夢?」 「そう、紅い蝶の夢を」 「蝶の……わたしと同じ夢?」 「澪と同じ夢よ、多分。  でも澪のと違うのは、私が蝶で、澪をその私の羽で包み込んでしまうというところ」  わたしには何がなんだかわからない。  双子だから同じような夢をみたというの? でもそれとお姉ちゃんがわたしを犯そうとする理由が繋がらない。 「どうしてなの……」  でも、もしかしたらそれもどうでもいいのかもしれなかった。  なぜなら、わたしは不思議と知っていたから。お姉ちゃんがわたしをどういう目で見ているのか、わたしをどうしたいのか、そのドロドロとした思いを。それを深く考えないようにしていただけなんだと。  だからって、いいの? わたしは。  わからない、わからない。 「今夜は特別な夜なの」 「特別な?」 「そう、澪と私にとっての、特別な夜。  ……紅い夢の夜よ」 「紅い夢……」 「すべてが紅く染まる夜だから。  紅と紅が交わる夜、約束の紅い糸で澪と私が結ばれる夜」 「……わからない」 「すぐにわかるわ、澪も」 「わたしには、わからない」 「決まっているの。  そう、あの、約束の果たされた夜から」  突然、見えないはずの目に白くフラッシュバックする、あの時の記憶。  ──ねえ、澪。  ──本当はあのとき崖から落ちたのは、わざとだって気づいてたんでしょ。  ──澪が離れていくのが怖かった。  ──澪が私を置いて、遠くへ行ってしまうんじゃないかって。  ──引き裂かれるような痛みの中、私はただ嬉しかった。  ──これでもう私のものだって。  ──澪がずっと傍にいてくれる、いつも心配してくれる、私だけを見てくれる。  ──いつも私のことを想ってくれる。なんでも言うことを聞いてくれる。  ──いつも心配してくれたよね? この足が痛むたびに……私は嬉しかった。  ──もう置いていかないよね。  ──ずっと一緒だよね。  ──ずっと一緒にいよう。 「約束したよね、ずっと一緒だって。  約束したよね、一人にしないって」  ああ、わたしは。  わたしはもうお姉ちゃんからは離れられない、逃れられないんだと理解して。  涙が流れた。  喜びとも、悲しみともつかない涙。嬉しくて悲しい涙。 「お姉ちゃん、わたし、は……もう、お姉ちゃんのものなんだね」  お姉ちゃんの唇が、私の涙を優しくなぞる。 「澪は、私のもの。  でもね、同じように私のすべてを澪にあげるから。  だからいっしょよ、同じことなの」  そうしてわたしは、再び唇を奪われる。  もう引き返すことのできない、紅い夢の夜の始まりを告げる証として。          §  はぁ、はぁというわたしの声が、部屋の中に溶けるように消えていく。  ねっとりとあつい部屋の中では、もうクーラーなんてたぶんついていないんだろうと、少しだけそんなことを考える。考えたたそばからすぐ、頭の中が部屋の中と同じ温度と湿度をもったような、あつくねっとりとした思考に再び取って代わられる。  体中から伝えられる指と舌と重ねられた肌から伝えられる快感が、わたしの心を一秒たりともまともでいさせてくれない。 「んふ、ん、あ、」  わたしの身体はもう、わたしだけのものじゃなくなってしまったから。わたしは、今、お姉ちゃんに愛されているから。  身体中のすべての箇所を、念入りに撫でられ、舐められて。  最初にパジャマのボタンが外され、胸があらわにされた。  思わず隠そうとしたらけど、許されなくて。すぐに、首と、肩と、鎖骨と。二つの胸のふくらみをやわやわと揉まれて、ぴんとした乳首を舌と指で転がされて。乳房の影の汗、脇の下の汗を舐めとられて。 「澪の胸、可愛い。  綺麗なピンク色で、それなのにこんなにツンと立たせちゃって」 「ひぁうっ」  右の乳首を舐め吸われながら、左の乳首を強くつままれて思わず声が出る。くにくにと弄られ摘まれて、指の腹で押しつぶされて。そのまま胸全体を揉まれ、大きく優しくいたわるように。優しく優しく、穏やかに穏やかに。左右の胸を手のひらと舌とで優しく愛撫されるのが、こんなにもキモチイイことだなんて。  お姉ちゃんに胸を好きにされていることに酔ってしまいそうで。ピンクの靄がかかったような頭の中、わたしはお姉ちゃんにこんなに胸を揉まれちゃったりしたら、もしかしたらお姉ちゃんよりもわたしの胸の方がずっと大きくなっちゃうんじゃないか、なんてことを考えてしまう。  実はわたしの胸はお姉ちゃんよりもちょっとだけ小さい。そのことはちょっとだけ、本当にちょっとだけだけどずっと気にしていた。もしかしたらお姉ちゃんはわたしが胸のことを気にしていることを知っていて、だからそんなわたしのことが可哀相になって、だから大きくしてあげようとしてこんなにしてくれてるのかなぁ、なんて、なんて、胸を揉んで撫でてくれてるのはだからかなぁ、なんて── 「いっ」  ──突然、身体の頂点をなにかが貫くような刺激、痛みが走った。  乳首を噛まれたんだと、痛くて涙が出るほどに強く歯を立てられたことがわかって、抗議の視線を向ける。安心してお姉ちゃんに身体を任せているのにひどいよって。  なのにお姉ちゃんはただニンマリと笑ってまたわたしの胸に吸いついて。ごめんねの代わりに噛んだところを舌でぺろぺろぺろぺろと舐めて、また唇を離したかと思うと今度は舌全体で胸を大きく舐めて。舐めて舐めて舐めて、わたしの胸はお姉ちゃんの唾液でべたべたにされて、お姉ちゃんの唾液が首の方にも脇にも垂れて。  でも、そんな生暖かい気持ちよさの中に浸るだけでは当然許されなくて、唾液まみれの乳首を指でまた摘まれて、それを繰り返されるうちに乳首への痛みが、どうしてだろう、すごく気持ちいいもののように思えて、ただ優しくされるだけじゃないちびれるような気持ちよさに感じられて、甘くあつい暖かい気持ちよさの中に感じる痛みが、こんなにもキモチイイものだなんて知らなかったのに、わたし知らなかったのに。  わたしの乳首は、お姉ちゃんに痛みを与えられるほどに固くピンと立ってしまうのがわかってしまって。  きもちいい、きもちいい。  お姉ちゃん、わたしの胸、きもちいいよ。  痛いの、気持ちイイよ。きもちいい、キモチイイ。 「あ、あ、はっ、あっ」  わたしはお姉ちゃんの指と舌と歯にキモチイイを与えられている。  わたしの胸が、胸だけでわたしのキモチイ気持ちがいっぱいになって、いっぱいにいっぱいにお姉ちゃんの舌で舐められてきもちよくなって撫でられて幸せになって満たされて、にゅるりにゅるりとなでつけられ、お姉ちゃんの唾液を染み込ませられて、きもちよくてきもちよくて。どうしようもないキモチよさに堪らなくなっていやらしい声がでて。お姉ちゃんがわたしの胸をすきにして弄っていじっていじりまくって、わたしお姉ちゃんに好きにいじられちゃって、舐めて舐めて撫でて撫でて。やわやわふにふに、ちゅるちゅるちゅるちゅる。 「あ、や、あ、あ、あ」  もう、もうわたし我慢できない。  きもちいのがまんできないっ、からっ!   カリっ 「い、ぃーーーーーーーっ!」  いたい!  胸の先を痛みがまた走って。  噛まれて、ギュッて捻られて。  同時に、両方の乳首をいじめられて、わたし、わたし……イっちゃった。  お姉ちゃんに、胸だけでイっちゃったんだ。  お姉ちゃんに痛くされて胸だけでイかされちゃったんだ……。          §  まだ胸の先の熱と痺れるような快感の余韻が残っていて、わたしはただぼーっとお姉ちゃんのなすがままにされている。 「胸だけでイっちゃうなんて、澪の身体ってえっちだよねぇ」  それはわたしのせいじゃなくて、お姉ちゃんのせいじゃない……お姉ちゃんが巧すぎるんじゃないよぅ、と、わたしは心の中だけで抗議する。 「可愛くて、えっちで……大好き」  わたしもお姉ちゃんにされるの、大好き。  お姉ちゃんにされていると、気持ちよすぎて身体に力が全然入らない。   ちゅ、ちゅう、ちゅう  お姉ちゃんの舌が右手、左手、腕、ひじ、手首をなぞり、手の甲にキス。  指先を一本一本しゃぶられて。  手のひらをぺろーっと舐められて、手首の静脈、ずっと血管に沿って唇がのぼってきて、脇の下の汗も全部綺麗〃〃にぺろぺろされて。  あばらに沿って、おへその穴の奥。パジャマのズボンもその動きに合わせてずり下ろされて、下腹、腰。 「下も脱がすからね」  わたしはもう逆らうことなんてできない。考えられない。 「脚、開いて」  お願いする声は、命令のようにも聞こえて。  わたしの心を縛り絡め捕るように。 「少し腰をあげて」  両足を持ち上げられて、下着を抜き取られて、そのままつつと太股の内を舌が這う。ひざの裏のくぼみ、ふくらはぎ。持ち上げられた脚が曲げられて、足首、いつもお姉ちゃんがお風呂で綺麗に擦ってくれるくるぶし、足の指、折り返して、足の指、逆の内腿に降りて。  わたしはいつの間にか腰をお姉ちゃんの膝に乗せるようにして『くの字』から『Mの字』に恥ずかしいところをさらけ出されている。  お姉ちゃんの目が、わたしの恥ずかしい所を見つめているのが感じられる。恥ずかしくて、恥ずかしくてたまらなくはずかしいのに、わたしは期待している。  見られているのは恥ずかしくて嬉しい。恥ずかしくて気持ちいなんて。  おかしい、おかしいよ、わたし。  わたしのえっちなところお姉ちゃんに見つめられて気持ちいいなんて。  息がかかる。 「澪のここ、きれいね」  かぁっと、顔が熱くなる。 「薄紅色の、ワレメね。  少し開いて、息してるみたい」  堪らなくなって、両手が顔を覆って。 「いや、ぁ」  くいくいと、ひっぱられる。  わたしのえっちな毛を、お姉ちゃんの指がくるくると弄って、ひっぱって遊ばれて。そのことがさらに恥ずかしいという気持ちを加速させていく。 「そんなの、ひっぱらないで……お願い」 「い、や」 (っつ!)  クンっと強く引っ張られた。 「いたいっ」  涙が出る。痛くて恥ずかしくて声が出る。  そしたらまた優しく弄ばれる。わたしのあそこの毛は、お姉ちゃんのおもちゃになっていることが悲しくて恥ずかしい。  いじられる度に、ずくんと、その毛の下にあるワレメの場所が熱くなってきている。  きっとお姉ちゃんにはバレている。だからこうやって弄ってじめているのだと分かる。いじめながら、あそこが疼き出すのを観察している。息がお尻にかかっているから、ほんとうにすぐ間際で見られているんだと。  はぁ、はぁ、はぁ、とわたしの息。  鼓動が高まっている。待ち望んでいるものが、触れることを。  暖かな息がお尻からあそこに移り、吹きかけられる。  生暖かい息、そして、唇が唇に、触れた。 「ん、はぁ」  キス、わたしのえっちなワレメに、唇に、お姉ちゃんの唇が。触れて。わたしの上の唇に何度も何度もキスしていた唇で、わたしの下の唇にキスをしている。とてもとってもいやらしい唇に、女の子の一番大切な場所に、直接、キスされちゃって。  信じられないような、けれどそれは現実で。  あつくねっとりとした、これがお姉ちゃんとわたしの現実。  唇が離れて。  もっとして欲しいと思った瞬間、別のところにキスされて。  また声を上げてしまう、一番敏感な場所。わたしがひとりでえっちしてた時に、一番好きだった一番弄っていた場所。小さな肉の芽、突起──クリトリス、そこにキスされた。舌で舐められた。  舌で転がされて、皮が剥かれて、直接舐められてる。 「んぁ、あ、ぁーっ」  今までで一番はしたない声。  こんな声、いやなのに。  でも我慢できない、敏感なところを舐められて弄られて転がされてなめられてなめられてなめられて、お姉ちゃんがわたしのあそこに顔をうずめながら舌で遊ばれて。   ちゅ、ちゅう、ちゅう   ちゅう、ちゅう、くちゅぅ  あつくて、あつくなってきているわたしの下半身のあそこ、えっちな場所。  身動きがとれないように抱え込まれて、お姉ちゃんの顔の唇と舌が蠢いて、わたしは身をよじりながらき気持ちいい声を上げる。気持ちよくて気持ちよくて、狂っちゃいそうなほどに気持ちよくて、自分でするよりもお姉ちゃんにされているのが、こんなにも気持ちいいなんてしらなかった。声を上げる。涙が出る。だってキモチイイから。苦しいほどに息がつまるぐらい気持ちイイ。  お姉ちゃんの唇がもう一度下の唇にいつの間にか移って、そこに舌が差し込まれて中を犯されてるのに気づいて。怖くて自分では指の先ほんのちょっとしか挿れたことがないのに、今はお姉ちゃんの舌がそれよりももっと奧まで入り込んでいる。わたしの中にお姉ちゃんが入っている。わたしの奥を確かめ、味わっている。  また離れて、今度はじゅるうと下品な音。 「ふあ、や、そんな音、やだぁ」  わたしのえっちな汁を啜っている、お姉ちゃんの口が。そしてまた舌が挿れられる。  クリトリスも指でころころと弄られて、わたしのあそことわたしのあそこがまるで別のいきもののようにうねうねとうねりながら、堪らない快感を溢れさせ、もっと深い所でこねられて身体中に送り込んで、血液の代わりに快感を巡らせているようで、あついあつい熱を帯びてどくどくどくどく、びくびくびくびくとはねて震えて。 「ひ、い」  もう、もうわたし、こんなの我慢できない。  いく、いくの。  わたし逝くの。お姉ちゃんにされていっちゃうの。 「いい、いい、あ、あは、は、は、ひゃ、おね」  いくの、いくの、きもちよくてイっちゃうの。いっちゃうよ。  にゅるにゅる、ぬちゅ、ぬちゅ、ぐるぐく、くる、くる、くるう、くるう。  くるしくて、あつくて、涙がでるくらいに気持ちよすぎて、くるの、クルうの、イっちゃうの。  いっちゃう、いっちゃう、きちゃう、イっちゃう、イっちゃう、イっちゃう。  おねえちゃん、いっちゃう。わたし、わたし、わた、わたし、し、クふ、ぃ、ひ、いっちゃ、いく、いく、いくいくいくイくイくイクイクイクいくいくぅーーーっっっ!  ……気がつくと。  わたしの顔のすぐそばにお姉ちゃんの気配があった。  手を握って、わたしの息が落ち着くのを待つように、時たまちゅっちゅっと頬や唇に触れている。  起きていても気を失っていても、わたしはお姉ちゃんにキスされるんだね、と、ふとそんなことを思った。少し嬉しい気持ちになる。 「気がついた?」 「ん」  耳の傍に唇が寄せられて。 「いっちゃった?」 「うん……お姉ちゃんに、いかされ、ちゃったぁ」 「嬉しい」  そうして、耳たぶを軽く噛まれて、舐められる。  ピクンと震えて、掠れ声が出る。  身体はまださっきの余熱がかなり残ったままで、わたしはまだまだ敏感すぎるぐらいにお姉ちゃんを感じられる状態だった。それにまだ、あつくどろどろとしたカタマリが下半身のおなかの奥の方で渦巻いているような感じがする。こんな感じは一人でした時には全然無かったもので、多分これが本当に『欲情してる』という状態なんだろうなと、はっきりしたようなしないようなまだぼんやりとうなされた頭で考えてる。  部屋の中の熱さも、ねっとりとした空気の淀みも甘い匂いも、なぜか強くなっているようにも感じられるけれど、それは今のわたしにとって心地よいものに思えた。  お姉ちゃんの片手がわたしの胸をさわさわと弄っているのが心地よく。  お姉ちゃんの脚がわたしの片脚を絡めようと腰をすり合わせてきた時に……何か違和感があった。          §  ナニか、固くてあついものが、わたしの腰に当てられている。  弾けるような弾力があるあついナニか、太い棒のようなナニか。  押しつけられ擦られているナニか。  それを感じて、わたしは。 「お姉ちゃん……」 「気づいてくれたの、澪」  本当に嬉しそうに綻んだお姉ちゃんの声。 「ねぇ、澪。  コレがナニか、わかりたくない? 触ってみたくない?」 「え?」  ナニか怖いほどに歪で不思議なものが溢れ始めたように思えた。空気の淀みがよりひどくなっていくようで、恐ろしくなる。  絡められた脚。腰に当てられた違和感の元がもっともっと擦りつけられる。弾力で跳ねて、おなかの上に跳ね上がる。そしてまた擦りつけられる。  甘い匂いも強くなって。 「触って、澪」  お姉ちゃんが耳元で囁く。 「触ってくれたら、教えてあげる」  首筋、耳たぶ、耳の中、ちゅうちゅうを吸われて、舐められながら。  胸を撫でるように優しくされていたのを、きゅっといきなり摘まれる。 「きゃぅん、ん、ん、ん、ん」  熱にうなされたようなはっきりしない頭では、甘い匂いと艶を含んだ声に、わたしはもう逆らうことができない。 「触って」  怖い、怖いと頭の片隅で何かが呟いているようで、一方では触りたい、触りたいという声も聞こえる。あるはずのないナニかに触れてしまうこと、知ってしまうことへの恐れ。まったく同じ双子のはずなのに、わたしには無くて姉にはあるもの、あってしまうモノ、ナニか。  手をゆっくりとおそるおそる伸ばしていく。  わたしの肌に擦りつけられ触れているナニかも場所へ。  それは私のおなかの上で、今はじっとしている。じっとしているのに、ドクンドクンと小さく脈打っているのがわかる。  近づく、もう少しで触ってしまう。  中指を伸ばす。 「あ」  触れた。  触ってしまった。  指の腹に触れる柔らかいもの。  ぴくっと指を引っ込めて、もう一度おそるおそる触る。  指の先でその形を調べる。  熱くすべすべして、そして先にワレメがあって、親指で裏みたいに思える所を触ると、襞のようなものもあって。 「ん……」  お姉ちゃんの吐息。  わたしは親指と中指を滑らせていく。すると括れがあって、そこから少しざらざらとした皮のような感じがあって。  わたしはもう一度指を離す。  そうして今度は、縦の長さに沿ってすっぽり覆うように手のひらを被せた。  ゆっくりと滑らせていく指先に、お姉ちゃんの陰毛を感じて、中指の先でそれを少しだけ弄る。  これはお姉ちゃんから『生えて』いるんだと、理解できた。  ドクドクと脈打つあついカタマリは、間違いなくお姉ちゃんから生えていることに、わたしは恐ろしくなった。その一方で、これがお姉ちゃんのものであることがわたしを安心もさせた。 「澪、こっちを向いて」  お姉ちゃんの声のままにもぞもぞと動いて、お姉ちゃんと向かい合う。  抱きしめられる。脚が絡められる。  おなかに今わたしが触ったものが押しつけられ、反り返ってその存在を強く主張している。  応えるようにわたしもお姉ちゃんの背に腕を回し、脚を絡めた。  柔らかなお姉ちゃんの胸とわたしの胸とが合わさって、ふにゅと形を変える。  わたしのおなかで、お姉ちゃんのソレが苦しそうにしているのがわかった。  お姉ちゃんの『おちんちん』。  ありえるはずのないものが、いまのお姉ちゃんにはついている。  あついあついお姉ちゃんのおちんちん。固くて柔らかくて脈打っている、生きている、ほんもののおちんちん。  柔らかい女の子の胸があるのに、固くてゴワゴワしたおちんちんもある。  夢なのか現実なのか、もうわたしには分からなくなっている。  どうしてという疑問は甘い匂いにかき消され、あつく淀んだ空気が朦朧とさせ、お姉ちゃんの息づかいが私の頭を痺れさせる。そしてずくんずくんとわたしのあそこが強く強く熱を持ち始める。  ぐるぐるぐると、思考は回る。  お姉ちゃんのおちんちん、お姉ちゃんのおちんちん、お姉ちゃんのおちんちんおちんちん。  ぐるぐるぐると回る言葉に、お姉ちゃんお声が重なって。 「澪と一つになりたいって願ったの。  あの刻、一つになれなかったその代わりに。もう一つ別の方法で、二人が一つになるために『かみさま』が私にくれたの。  『紅い夢の夜』に一つになるために。二つに分かれたものが、もう一度一つになるために必要なものだって」  紅い夢。  紅い夢の夜。  紅いわたしのワレメ。  紅いお姉ちゃんのおちんちん。 「もう澪も分かっているんでしょ、今日がその夜だって。  待ち望んでいた、夜よ」  二人を結ぶのは、鮮やかな紅い血の色をした糸。 「澪、一つになろ。  ずっと一緒にいてくれるよね。  私も、澪を一人にしたりしない。澪はあの時も約束を守ってくれたから。私もぜったいに澪の手を離したりしない、ずっとずっと一緒だから。  一つになろう、澪。  一つになれるのよ、澪。  こんなに嬉しいことないから、ねぇ、澪」  お姉ちゃんと一つになる。  それがお姉ちゃんが望んでいたこと。  わからない、わからない、わかりたくない、ワカリタイ。お姉ちゃんの気持ち、わたしのきもち、お姉ちゃんの望み、わたしののぞみ、のぞみ、ノゾミ、望ミ。  あつく、熱く熱く熱く、わたしの中で渦巻いている熱と望み。  口を開く、でも言葉がでない。  はぁはぁはぁと、荒い息が漏れる。唇が乾く。舌で舐める。  望み、望まれていること。わたしがここにいる意味。お姉ちゃんといっしょにいるということ。お姉ちゃんとの約束、わたしの約束、おねえちゃんのやくそく。  やくそくと、のぞみ。  二つに分かれたものが、もう一度一つになるため。  ああ、わたしは、お姉ちゃんと……。  ──わたしは、お姉ちゃんと、一つになりたい。  瞬間、世界から音も熱さも匂いもなにもかも消えて。  わたしは声に出さないで、答えた。  お姉ちゃんは、声に出さないで、応えた。  ──ひとつになろ、澪。  そして、世界は紅く染まる。          §  わたしは、お姉ちゃんを待っている。  わたしの大切なものをお姉ちゃんに捧げるために。  大きく脚を広げ、お姉ちゃんを迎え入れて一つになるために。  わたしの間にはお姉ちゃんがいて、わたしのワレメにはお姉ちゃんのおちんちんが当てられていて、くにゅりくにゅりと、馴染ませるようにわたしのワレメをおちんちんお先でこねている。  じわりと、甘い匂いとあつさと淀みが濃度を増す。わたしとお姉ちゃんの興奮が高まるのに合わせているみたいに、じわりとわたしのワレメからえっちな汁が滲み出て、お姉ちゃんのおちんちんを濡らす。濡れて、なじませる。  それはすべて、熱くて恐ろしいあるはずのないものを受け入れるため。  くぬぅと、遂にわたしの中にお姉ちゃんが入り込もうとしてきた。 「あ、あ」  脈打つ紅く熱い肉のカタマリが、わたしの触れて確かめたおちんちんの先が、わたしのワレメをみりみりと割り開いていく。 「く、はっ」  痛い、痛くない、いたい、イタイ。まだ全然はいってないのに、いっぱい濡らして馴染ませてくれたのに、どうしてこんなにも痛いのだろう。  お布団の端をギュッと握って耐える。脚がひきつく、身体が強張る。 「力を抜いて、ね、澪」  掠れる、なにかを我慢するようなお姉ちゃんの声。  でも、お姉ちゃんはそういうけれど、とてもそんなこと無理。わたしの中に入ってこようとするものを、私の身体は許そうとはしていないよう。 「でき、ない、無理……おねえ、ちゃん」 「そう、なら……」  お姉ちゃんはわたしの腰骨のあたりを掴んだ。  逃げられないようにするため? 逃げられないようにするために。  逃げられない、わたしはお姉ちゃんから逃げられない。  また強く、お姉ちゃんが押し込まれる。 「ひぃっ」  痛みに悲鳴を上げる。  じんじんじんと、痛みが頭を支配している。  そしてその痛みの端の方に、わたしの入り口にお姉ちゃんのおちんちんの先が、先の部分だけ入ってしまったことを感じていた。  入ってる、入り口だけだけど、お姉ちゃんのものがわたしの中に。  痛みが緩やかなものに少しずつなり、代わりに嬉しいという気持ちが生まれてくる。それはまだほんの最初の段階だというのはわかっているけれど、でも嬉しいという気持ちは止められなかった。 「……わかる、澪?」 「うん、わかる、よ。  わたしの、入り口に、お姉ちゃんが、入ってる……」 「痛い?」 「痛いけど、嬉しいから大丈夫」 「これからもっと痛くなるけど、我慢できる?」 「我慢する。お姉ちゃんとわたしのためだもん。我慢できるよ」 「……ありがとう、澪」  お姉ちゃんのおちんちんの先が、わたしの純潔の証に触れている。  こんなにもはっきりとわかるものなんだって、不思議に思う。どうしてわかるんだろう、どうして感じられるんだろう。  なにもかもが、ソコに集まってきてる。痛みも、きもちよさも、感覚も、自分のココロも、お姉ちゃんの気持ちも……この夜のあつさも、狂ったようなあつさもなにもかも。  大切な証を求めて、ソコにきている。  お姉ちゃんはまだそれを破るようなことをせずに、入り口を先っぽだけで愛撫してくれている。それはこれからすぐに訪れる痛みに少しでも耐えられるようにするためのものなのだとわたしは思って、そのにゅるにゅるとした浅い動きにだけ身を任せて。痛みはあるけれど、我慢できないことはないと、気持ちいいんだとそう考えて。 「もう、大丈夫だから、お姉ちゃん。  いいよ、わたしの初めて、お姉ちゃんにあげるから。  ……きて、お姉ちゃん」 「澪」  ぐうっと圧力がきた。  痛みがもう一度わたしを支配した。  わたしの初めてを破るために、お姉ちゃんのおちんちんがわたしの初めてに押しつけられる。ゆっくりとゆっくりと押し破るための力で、引き伸ばされる。  痛みが、引き延ばされる。  まだ破れない。  痛みが引き延ばされる。  お願い、一思いに、破って、お姉ちゃん、破って!  声にならない、痛みで頭がチカチカする。  ひきつるような息が漏れる。  でもまだ破れてない。  痛い、痛い、いたいいたいイタい。  お布団をずり上がって逃げようとするけれど、逃げられない。  お姉ちゃんは、わたしの逃げるのを許してはくれない。  痛み、痛み、いたみ、痛い、いたい。   プツッ 「!」  あぁっ、破れた、破れてる、破れて押し入ってくる。押し入られる。  切り裂かれる。切り裂かれる痛み。  わたしの中をお姉ちゃんのおちんちんがずるりと切り裂いていく。  固く閉じられたワレメの奥を目指して、みりみりと肉を切り裂きながら、凶悪なカタマリが押し入ってくる。お姉ちゃんなのに、お姉ちゃんでないもの、あるはずのないモノ、お姉ちゃんのおちんちんが。  痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。  いたい、いたい、いたい、いたい、いたい、いたい。  イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ。 「ぁあ、あ、ひたい、いたい、いたいっ」  涙がこぼれる、ぼろぼろと、あまりの痛みに気が遠くなりそうなほどなのに、いっそ気を失ってしまえればと思うのに、それができない。  わたしは痛みから逃げることも許されていないの?  お姉ちゃん、助けて、いたいの、たすけて。  たすけてお姉ちゃん、いたいよ、いたいよぅ。  まだ届いていない。  まだ許されていない。  わたしが待っている場所に、お姉ちゃんはまだ辿り着いていないから。それまで、この痛みは終わることは決してないのだと。  まるで『痛み』が世界を覆い尽くすよう。  逝くまでに絶対に必要なものは『痛み』。痛ければ痛いほど、痛みを感じることがわたしの役目のようで。  痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。 「おねえちゃん、いたい、いたいよぅ」  そうして、気の遠くなるような痛みの果て、遂にお姉ちゃんがわたしのもとへ辿り着いた。  痛みの中で、こつんとなにかがわたしの奥底に届いたと、分かったから。 「迎えにきたよ、澪」  お姉ちゃんの声が響く。  痛みに痺れる頭の中でこだまする。  ああ、やっと届いたと、わたしはそのことに安堵して涙を流した。わたしはお姉ちゃんをちゃんと最後まで受け入れられたんだと、一つになれたんだと分かって。 「痛い?」 「うん、うん」  ぐずぐずと泣きながらわたしは答える。  答えることで、少しでも痛みから気が紛れるかもしれないから。  ずくんずくんと、切り裂かれた痛みはまだ収まらない。大きな息を繰り返す。息をする度に、ううん違う、お姉ちゃんのおちんちんがどくんどくんとするのに合わせて、痛みが波のようにやってくる。  お姉ちゃんんほおちんちんが、わたしの奥の奥まで入っていることが感じられる。  わたしの中はお姉ちゃんでいっぱいになっている。もう逃れられない姿で、貫かれ、破られ、辿り着いた。  動かないでいてくれるお姉ちゃん。  けれど、おちんちんの疼きがわたしに伝わって、それが痛みに変わってしまう。  まだ痛くて痛くてたまらない。けれど少しだけ、ちょっとだけましになったようにも思える。お姉ちゃんがうごかないでいてくれるから今は我慢できる。 「お姉ちゃん」 「なに」 「手、握って」  わたしは掴んでいたお布団を放して、お姉ちゃんの方に手を伸ばした。お姉ちゃんが手を握ってくれたなら、きっと痛みがもっとひいてくれるように思えたから。  腰に当てられていた手は、かわりに手のひらに重ねられ、ぎゅっと握りしめ、縺れ絡められた。たったそれだけでわたしは本当に幸せだと思えた。痛みも一瞬忘れられるくらいに。  しばらくそうしていた。  お姉ちゃんと一つになったまま、手を絡めあって、ただお姉ちゃんに見つめられてて、わたしも見えない目でお姉ちゃんを見て、静かなそれだけの時間に幸せを感じて。  けれど、ずっとそうしていられたらとも思ったけれど、お姉ちゃんのおちんちんが、どくんどくんって我慢できないっていうことを伝えてきているのが分かったから、わたしはお姉ちゃんに言ったの。 「いいよ、お姉ちゃん。  お姉ちゃん、動いて、お姉ちゃん気持ちよくなって、いいよ」  痛みは収まってきている。  なにより、わたしはお姉ちゃんに気持ちよくなってもらいたかった。  今のわたしがお姉ちゃんにしてあげられること、許してあげられるのはそれだけだって知っているから。  女の子の『初めて』が痛いだけで気持ちよくなんてなれないっていう話はわたしでも知っていること。でも男の人……じゃないけれど、今のお姉ちゃんならずっと気持ちよくなることはできるはずだって思うから。  そんなわたしの思いは、お姉ちゃんにちゃんと伝わったようで、ただ一言、 「大好きよ、澪」 と答えてくれた。  そうして握っていた手を放して、わたしの太股を押さえつけるように開いた。  わたしは、お姉ちゃんに与えられる痛みに耐えられるよう、もう一度お布団の裾をぎゅっと掴んだ。  ずるぅっと、わたしの中からお姉ちゃんがゆっくりと抜けていく。  痺れるような痛みが強くなるけれど、我慢できないほどじゃない。おちんちんの太いところが、わたしの中をひっかいていくのがわかる。  痛みがくる、でも大丈夫、だいじょうぶ、我慢できる。  抜けていく感覚。わたしとお姉ちゃんはせっかく一つになれていたのに、それが引き抜かれて、また二つになってしまうという喪失感がやってくる。中を擦られる痛みよりも、なぜかそのことが悲しく感じられて。  はじめてのあった場所を擦られて痛みに身体が跳ねる。くぅっと声が漏れる。  血の匂いが部屋にの中に混じる。鉄の匂い。  わたしのはじめての証、その匂い。わたしのワレメからお尻にかけて、紅い血が流れ落ちているの?  お姉ちゃんの指が、その筋に沿って触れて。 「澪の、初めての血の味……」  うっとりとした声。わたしの血の味の酔っているような声。  そして今一度、わたしの中にお姉ちゃんが押し入ってくる。  痛い、痛い、わたしは再び襲いかかってくる痛みに耐える。  お姉ちゃんのおちんちんが、また入り口をくぐり抜けて、最後の場所までやってくるまで。  割り開かれる痛みは、一度や二度では絶対に慣れることなんてできないものだってわたしは理解した。  こんな痛みの往復を、わたしは何度耐えればいいの?  そんな思いがわたしの頭の中に聞こえる。押し入られる痛みと、抜けていく時の喪失感。いったいいつそれが、わたしの中で純粋な悦びに変わるのだろう、そんな時は永遠にこないのかもしれないと。  でも、お姉ちゃんは気持ちよくなってくれている。  だって、そうでなければどうしてこんなにも何度も何度もわたしの中を犯すのかわからない。キモチイイから? きもちいいから。  お姉ちゃんが気持ちいいなら、わたしは我慢できるよ。  お姉ちゃんと一つになっているから、我慢できるよ。  痛い、痛い、痛い。  歯を食いしばって我慢する。  痛みがやわらいでくる、痺れて慣れて痛みが痛みだとわからなくなるまで、頑張るしかないと。  お姉ちゃんは、おちんちんでわたしの中を何度も犯す。  お姉ちゃんの息が荒くなっているの。きもちいいって、声に出すかわりに、何度も何度も、吸って吐いて。  お姉ちゃんが息をする度に、おねえちゃんが動く度に部屋の中の甘い匂いとあつさが増す。空気の淀みがもっともっと濃くなっていくような気がする。  そして、黒闇しかわからないはずのわたしの世界が、なぜか紅く染まっていくように感じられるの。 「お、ねえちゃん、きもち、いい?」  わたしはお姉ちゃんに訪ねる。  気持ちいいなら、ちゃんとそう言って欲しい。お姉ちゃんの心はわかるけれど、それだけじゃない言葉も欲しい。きもちいいってわたしのなかを犯す度にそういって教えて欲しい。それだけがわたしの悦びに違いないのだと。 「みお、澪。  きもちいいよ、澪の中、とっても、きもちいいの」  わたしの願いに応えて、お姉ちゃんは声を出してくれた。  入ってくる、抜かれていく。擦られる。  割り入れられて、割り裂かれて、失われていく。  その度に、お姉ちゃんは悦びの声を上げる。  きもちいいよ、きもちいよ、幸せなほどキモチイイよと。  嬉しい、うれしいよ、お姉ちゃん。痛くてつらくても、うれしい。  お姉ちゃんの声はわたしにとって痛みを打ち消す麻酔のようなものだった。この声が聞けるなら、どんな痛みだって我慢できると。  お姉ちゃんの声が響く。  きもちいい、きもちいいと。  お姉ちゃんの声が響く。  みお、みおと、わたしを呼ぶ声が。  うれしくて、うれしくて堪らない。   じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ、じゅぶ   じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ、じゅぶ  声に合わせて奏でられる、わたしとお姉ちゃんのいやらしい交わりの音。  一つになっていることを示す、おちんちんがワレメの中を出たり入ったりして、お姉ちゃんのあそこがわたしのあそこにあたって、ぺちぺちと鳴っている音。  その音楽をバックに、お姉ちゃんの声が歌声のように聴こえる。  わたしはいつか、歯を食いしばることをやめて、同じように「おねえちゃん、おねえちゃん」と声を上げ始める。  わたしとおねえちゃんは、一つになって歌を歌う。  紅い〃〃夢の世界の、甘く熟れてあつく淀んだ空気の中で、一つになった悦びの歌を歌う。 「あ、あ、あ、あ」  淀みの世界に高く響く悦びの声。  お姉ちゃん、お姉ちゃん、おねえちゃん、お姉ちゃん。  好き、すき、すき、スキ、うれしい、痛い、いたくない、いたい、イタイ、きもちいい。  ふたり、ひとつ、なる、いっしょ、やくそく、きもちいい、おねえちゃ、おねえちゃん。  高みへ、高みへとのぼっていく。 「あ、あ、あ、あ」  うた。  うれしい。  いたい。  悦び。  いっしょ、いっしょ、ずっと、いっしょ。  おねえちゃん、お姉ちゃん、おねえちゃん、わからない、わかる、わからない。  みえない、みえる、ちょう、あかい、おねがい、ゆるして、ゆるして。  おねえちゃん。  おねえちゃんのてが、わたしのてをにぎる。  おねえちゃんのかおが、わたしのかおのそばにくる。  あれ、あれ。  おかしいな、おかしいよ。  おねえちゃんは、いま、わたしのあしをかかえて、わたしのなかをいっぱいいっぱいにしてくれてるのに、どうしておねえちゃんのては、わたしのてをにぎっているの?  おかしいな、おかしいよ、わからない、でもあんしんなの。  おねえちゃんがわたしにきすをする。  くちづけ。  わたしはおねえちゃんのものだから。  おねえちゃんはうたっている。  うたっているのに、わたしのくちびるをふさいでいる。  きもちいい、きもちいい。  おねえちゃん、きもちいい。  あつい、からだ、あつい、くちびる、むね、て、て、あし、おしり、あそこ、あつい。  あつい。  わからない、きもちいい、ずっと、きもちいい。  いい、いい、いくの、いく、わたし、いくの、おねえちゃん。  いく、いくいく、いっちゃう、いっちゃう。  わたし、おねえちゃんとひとつになって、いっちゃう。  きすされながらいっちゃう。  てを、てを、てつないで、いく、いくの、くるの。  くる、きちゃう、いっちゃう、いっちゃう。  おねえちゃん、おねえちゃん、おねえちゃんおねえちゃん。  おねえちゃん、おねえちゃん、いく、いく、いくいくいく逝くいくいく、いぃーーっ!  しろい、しろい、はてのしろとあか。  とんで、白く、いくの。  そして、紅く、そまる。  わたしのなかに、おちんちんがふるえて、しろいなにかがながれこんでくる。  かさねられたてから、おねえちゃんじゃないひとのおもいがながれこんでくる。  ああ、ああ、わたし、わかったよ。  声がきこえる。  ──まって、おいてかないで。  ──もう、おいてかないでよ。  ──ごめんなさい、ごめんなさい。  ──ずっといっしょだって、やくそくだから。  ──おねえちゃんはかならずもどってくる。 『やえおねえちゃん』  声が聞こえた。 「澪、みお、大好き」  ああ、ああ、わたしは求められているの。  繭お姉ちゃんと、そして……  ……紗重に。  白い顔の小さな悲しそうな笑顔の、双子の妹に。          §  あれから、一年。  暑い季節が再びやってきている。  つけっぱなしにしているテレビからは、水不足の情報や高校野球の結果とか、夏バテ対策がどうのとか景気向上とビールの関係とか、そんな情報が小さな声で流れてきている。  わたしは、クーラーの効いたリビングで、ただぼうっとして……。  ……ただぼうっとしては、いられなかった。 「澪、みーおー」 「んー」  ダイニングキッチンの方からわたしを呼ぶ声。  お姉ちゃんの困ったような声が呼んでいる。 「この子、なんだかむずがってるの。  どうしよう」  なぜなら、今この天倉家には赤ちゃんがいるから。  かわいい女の子の赤ちゃん。  名前は、紗重、天倉紗重。  わたしの大切な、赤ちゃんが産まれたから。  去年、わたしが妊娠していることがわかったのは、あの『紅い夢の夜』──お姉ちゃんと一つになった夜から数えて数カ月後のこと。  お母さんは、それが誰の子かということを問い詰めることはしないでいてくれた。多分、あの故郷での事件の時に、という風にどこか釈然としないまでも思っていてくれているからだと思う。  最初は堕ろした方がいいんじゃないかって言ってくれてた。けれど、わたしはそんなこと考えもしなかった。だってこの子は、紗重は──わたしたち二人以外には絶対に信じてはもらえないけれど──わたしとお姉ちゃんの間にできた子なんだから。  お母さんも「堕ろす」ということには複雑な思いもあるようで、わたしは結局そのまま学校をやめて育児に専念することになった。学校には「失明のため学校を変える」という説明にしておいたのには、ちょっと苦笑するしかない。  それと、お姉ちゃんも本当はわたしと一緒に休学したかったみたいだけど、さすがにお母さんが、ついでにわたしからも絶対にダメと反対されてあえなく撃沈。今も普通に元気に学校に通っている。  そう、お姉ちゃんはあれから、以前よりずっと明るくなった。  わたしのことを大事にしてくれるのは変わりないけれど、おどおどしてわたしにいつも頼ってばかりいるようなことは無くなった。  一度「お姉ちゃん、変わったね」と言ったら、「だって、私も頑張らなきゃね」と笑って答えてくれた。その声から伝わってくるお姉ちゃんの笑顔のイメージがとても眩しく感じられて、わたしはお姉ちゃんのことがそれからもっともっと好きになった。  そして、秋が過ぎ冬になり、だんだんとおなかが大きくなって、赤ちゃんの心音が聴こえるようになって、春が訪れて。  初夏に紗重が産まれたの。 「澪、この子、おなかすいてるんじゃない?」  わたしの傍までやってきたお姉ちゃんが、よーしよしと紗重をあやしながら言う。 「じゃぁ、お姉ちゃんがお乳あげてよ」 「ぶー、わたしお乳でないもん。  さ、紗重ちゃん、お母さんにおっぱいもらいまちょうねー」  そう言うと、お姉ちゃんは抱いていた紗重をわたしの胸にあずけてきた。  仕方ないなぁと苦笑して、胸を半分はだけて、あらわにした乳房を小さな口に含ませる。  ちゅうちゅうとおいしそうに飲む赤ちゃんの温もり。  わたしとお姉ちゃんの間に産まれた新しい一つの命。  『わたしの妹』の名前をもらった赤ちゃん。  この子は悲しい思いも辛い思いもせず幸せに育って欲しい。そのために、最後の紅い蝶はわたしとお姉ちゃんに命の繋がりを託したのだと、わたしはそう信じてるから。あの『紅い夢の夜』に、わたしは暗闇という名の繭に籠もりお姉ちゃんと一緒に永遠を描き、その永遠は未来へと続く小さな一つの命に姿を変え、芽吹き花開いたのだと。  幾度と無く繰り返された悲しい運命の夜は終わり、未来がわたしたちの前にはあるのだから。  おなかいっぱいになったのか、紗重は口を胸から離して、あぶあぶと声を上げる。  抱き方をちょっと変えて、背中をぽんぽんと叩いてあげて。 「おなかいっぱいになったから、寝ちゃうかな」 「だったら、楽でいいんだけどね」  わたしはもう一度紗重を胸に抱くと、小さな声で子守歌を歌う。  ──ねんねん、ころりよ、おころりよ。  ──紗重はよい子だ、ねんねしな。  テレビの音はいつのまにか消えていて。  お姉ちゃんが消してくれたんだろう。  わたしの唄声に、同じようにお姉ちゃんの小さな唄声が重なって。  ──ねんねのお守りは、どこへいた。  ──あの山こえて、里へいた。  ──里のみやげに、何もろた。  ──でんでん太鼓に、笙の笛。  安らかな眠りの中で、この子はどんな夢を見ているのだろう。  たとえどんな夢だとしても、あの紅い蝶の夢はではないとわたしは思う。二つに分かれてしまったものは、今はもう、たった一つの命となって、『ここ』にあるのだから。  ──ねんねん、ころりよ、おころりよ。                                    おわり