『オモイビト』 「零〜紅い蝶〜」二次創作 注意:  この作品は、株式会社テクモから販売された『零〜紅い蝶〜』の人物・世界設定を使用しています。  作中に登場する団体・人物の名称は、全て架空のものです。  作中には『零〜紅い蝶〜』のイージー/ノーマル、ハード/ナイトメアモードの一部ネタバレが含まれますので、エンディングをまだ見られていない方はご注意下さい。  また、内容に一部性的表現が含まれますので、十八歳未満の方の閲覧は禁止させていただきます。                           2004/10/30:修正:sugich                           2004/10/20:修正:sugich                           2004/10/19:修正:sugich                           2004/10/18:修正:sugich                           2004/09/16:修正:sugich                           2004/08/12:初版:sugich ------------------------------------------------------------------------------  私は、妹の澪が好き。  私は、澪のことが大好き。  双子の妹のことが大好き。  澪が大好き。  ……けれど、澪は、私と同じ気持ちでいてくれているのだろうか?  人は一人では生きていけない、と誰かが言っていた。  それは半分本当のことで、半分は嘘。  私は澪に、いつも私だけのことを見ていて欲しいと思っている。私がいつも澪のことだけを考えているのと同じように、澪にも私のことだけを考えて欲しいと思っている。  私たちは元はたった一つだった。お母さんのお腹の中で、一つだったものが二つに別れてしまった双子だから。同じ顔、同じ身体、同じ遺伝子を持って産まれてきた。けれど、心は同じではなくなってしまった、魂も二つに分かたれてしまった。二つのものは惹きあうことはあっても、もう二度と一つに戻ることはできない。  私たちは結局、同じ場所、同じ時に産まれることができても、生きる場所も、生きる時間も、そして死ぬ時も、もうずっと一緒にはいられないのだから。私たちは、双子という他人同士に過ぎないのだから。  ……でも、そんなのイヤ。  澪と一つになるなんてことは出来ない相談だってこと、そんなことはわかってる。ずっと一緒にいられないこともわかってる。きっとそのうちに澪にも恋人が出来て、結婚して、そうして年老いて死んでいく……私とは無関係に。  そんなの、許せない。  私は澪と一緒にいたい。ずっと一緒に。  たとえ一つにいられなくたって、一つのように寄り添って生きていきたい。恋人なんかいらない、結婚なんて許さない。澪は私と一緒に生きて、暮らしていけばいい。そして仲良く年を取って死んでいく。子供なんていらない。私と澪の間には他の存在なんてあって欲しくない。ただ二人一緒に死んでいきたい。静かに、ただお互いのことだけを思いあって生きて、そうして死んでいけたなら。  私はただ澪だけが欲しい。他には何もいらない。  澪、澪、澪。  私だけの、澪。  だけど……澪は、きっとそんな風には思ってくれてない。  私と同じ想いではいてくれない。  それが、私には悲しくて。  悲しくて、かなしくて、かなしくて。  切なくて、せつなくて。  そんなこと、私は……許せない。           § 「さよなら」 「じゃぁね」  教室の中に広がる、慌ただしい放課後の喧噪。  さよなら、またね、あそびに行こうよ、早くクラブに行かないと。  友達同士での楽しいおしゃべりの声、友達にかける声、呼びにきた声、応える声、いろんな声で教室が満たされる。椅子を引く音、靴音、ガタガタ、ドアを開ける音、いろんな音。私の周りをいろんな声と音がただ通り過ぎて行く。  そんな中を、私は今日も一人で待っている。  鞄の中を確認して、横につけた小さなマスコットを弄びながら、時たま私にかけられる「さよなら」の声に返事しながら。  窓の外を見ると、この季節ならばまだまだ日は高い。じっとりとした初夏の暑さが、まるで空の青さと反比例するかのように不快な気分を水増ししていく。校庭から聞こえてくる蝉の声やクラブに出ている生徒達の声が重なって、少しづつ少しづつ大きくなって、私の周りにまとわりついてくる。  夏に向かうこの季節は嫌い。じめじめじくじくとした何か、ぬめっとしたなにかが周り中をはいずりまわっているような気がして。生きているもの、動物、植物、犬、猫、鳥、人間の中に、ちょっとした傷口から小さな虫や軟体動物が入り込んできて、どろどろとしたもので内側から腐らせ自分自身も死んで腐りながら何かベツモノに変えていってしまうような、そんなイメージがあるから。  私は無意識のうちに、右膝に巻かれた包帯をそっとなぞっていた。  この白い包帯の下に隠されて、醜くひきつれた今も消えない痕がある。小さい頃の怪我の痕、ここから何かが私の中に入ってきて、私を太陽と夏を倦む何かへと変えてしまったのかもしれないと、そしてこの傷からは今も何かが入り込んできているような、そんな不快な妄想に遊ぶ。 「きもちわるい」  ボソっと、誰にも聞こえないような声で呟く。  教室の中には、私を除いて四、五人がまだ残っている。  私が待っている人はまだ来ない。  うそ臭いほどに明るく強く、押し付けがましい太陽の光が苛立たしい。  小さく頭を振る。下を向いて、鞄につけた紅い蝶のマスコットを指で玩びながら、雑音は聞こえないふりをして廊下の方の音だけに耳を澄ませる。  不快な音、音、音、ざわめき。私には必要のない音ばかり。私が待っているのはこんな音じゃない。早く来て欲しい、私に必要な私の為だけのたった一つの足音、そして声。  それは、私の妹の―― 「お姉ちゃん」 「澪」  ――そうして、私の待ち人がやってきた。           §  けれど結局、今日私はいつものように澪と一緒ではなく、一人で帰ることになった。  それは澪が友達からの誘いを断りきれなかったためで。 「ほんとにごめんね、お姉ちゃん」 「いいよ、気にしないで」 「うん……でも、ごめんね」  私は澪に笑顔を返す。 「じゃ、いってらっしゃい」 「うん、そんなに遅くならないと思うから」  そう言って、私を残して教室から出ていく妹を見送る。  窓の向こうでもう一度こちらを見て手を振る姿に、私も笑顔で同じように手を振り返す。  走り去った妹の姿が完全に消えてから、ふぅと溜息をついた。 「最近……こういうこと多くなった、かな」  私はのろのろと椅子から立ち上がると、鞄を持って教室を出る。  もう人が少なくなった廊下をぼんやりしながら歩いていく。澪を待っている間は気になって仕方が無かったうるさい雑音は、何故か今はまったく気にならなくなっていた。  階段を下りて下駄箱へ。靴を出して、上履きを戻して。  いつもなら澪が隣にいてくれるのに、今日は一人だけ。  トントンと靴を慣らして顔を上げると、下駄箱独特のむっとした空気の向こう側、玄関先は初夏の日差しで真っ白に見えた。 (……お姉ちゃん)  いつものように私に向かって差し出された澪の手……は今日は無く、だから、その光は私を拒絶しているかのようにしか感じられなかった。  ただ一人で、学校を出て通学路を歩く。  太陽に焼かれたアスファルトの上を、少し調子の悪い機械のように家に向かって足を運ぶだけ。  その道すがら、私が考えていたのは澪のことだった。  澪には澪の友達がいてつき合いがあるのだから仕方無いということはわかっている。  けれど、寂しい。  寂しくて、少し悲しい。  けれど、仕方無い。  仕方無いことだから。  私が寂しいと思っても、それはつまらない感傷に過ぎないと言われるのだと思う。  どちらかと言えば、今でも姉妹揃って登下校することが多い方が珍しいと言われることの方が多いくらい。そしてそれは正しいことなのだと思う。私が澪に依存しているのは、誰の眼から見ても「べったりしすぎ」と評されるぐらいなのだから。  双子だから、というのは一緒でいることの理由にはならない。  ――もういいかげん妹離れしないとね。  ――繭、あなたがお姉ちゃんなんだからね。  そういう声がいつからか聞こえてくるようになって、少しづつ私と澪の間に降り積もっていく。  いつまでも一緒にはいられない、それが当たり前のことなんだからと。  最初はたった一つの卵から生まれても、一度分かたれてしまったものは一つに戻ることはないし、大人になるにつれ、いつまでも同じであることはできない。同じだったはずのものは、別々に産まれて、別々に生きて、別々に死んでいくしかないのだと。  繋がれた二人の手は、いつしかその重みに耐えられなくなって離れてしまうかもしれないと。  家族だと、姉妹だと、双子だと言っても結局は別々の人生を歩む他人なのだから。 「……そんなの、いやだよ。  私はただ、澪とずっと一緒にいたいのに、いたいだけなのに」  年齢が上がるにつれ、世界が広くなっていくにつれ、澪と私との間の距離が広がっていくのがわかった。  母のお腹の中ではたった二人きりだったのが、産まれては家族という存在ができ、近所の人たちとのつきあいができ、保育所や幼稚園に行けば友達ができる。あたりまえのように。  けれど私はそのあたりまえがいやだった。  幼稚園や小学校に上がってから澪には友達がいっぱいできた。私とは対照的に。けれど私を誘って、「お姉ちゃんも行こうよ」と言ってくれていた。だから私は澪といつも一緒にその「友達」達と遊んでいた。私からは積極的にその子達と遊ぶことはなかったけれど、太陽のように輝く澪の周りからは絶対に離れたくないというだけの思いで、一緒に遊んでいた……本当は、そんな子達と遊びたいなんて思ったことは一度もなかったのだけれど。  ううん、むしろ、その子達は邪魔だった。澪と私の間に割り入ってこようとする邪魔なやつら。澪は私だけをどうしてみていてくれないのか、私はいつも澪のことだけを今でも見続けているのに、どうして同じ双子の姉妹なのに、澪はそうじゃないのか。歯がゆくて、悔しくて、悲しかった。  私は表面上はその澪の友達たちと普通に付き合っていた。  双子の場合名前の問題とかがあるから、学校のクラス分けでは普通は別々になってしまう。けれど私の場合幼稚園のころから澪がいないと泣いてしまう、などの理由を母が先生方に話していてくれたおかげで二人は同じクラスでずっといられた。二人一緒にいられたから、私は澪と一緒に「友達」達と普通に付き合っていられた。  けれどその友達付き合いも、『あの日』以降にはほとんど無くなった。  付き合う必要もなくなったから。  私が澪についていくために追いかけることができなくなってしまったから、かわりに澪は私をいつも気にかけてくれるようになった。  こんなに嬉しいことはなかった。  澪はずっと小さかった昔みたいに、私のもとに還ってきてくれたのだと。  私は澪を縛りつけているのだと、そのことがとても嬉しいのだと。澪の心を私の全てで縛りつけて、私のことだけを考えるようにしていた。澪の全てを私のものにしたい、同じように私の全てを澪に欲してもらいたい。私が澪に注ぐ気持ちと同じ強さで澪にも返してもらいたい。  澪と一つになりたい。  本当は一つだったものが分かれてしまったのが双子。  私と澪は陰と陽のように見える。輝いている澪と、その光を受けてひっそりと輝くしかない私。  けれど、それだけじゃない。  本当は澪の中にも私と同じ昏いものがあり、私の中にも澪と同じように輝くものがあると思う。けれどそれが表面にでているかどうかが違っている。小さくて大きな違い。小さな違いが積み重なってどんどん大きな違いになってしまう、なってしまった。そうして澪と私は別々のものになっていってしまった。  変わらない私の心と、変わっていこうとする妹の心。  私の心はあの時からちっとも変わっていない。変わりたくない。  大人になっていく身体と、小さなままかわらない心。  初めて初潮が来た時、私はとても恐ろしくなってしまった。大人になってしまう、一人になってしまう、澪と違う人間になってしまう、そのことが恐くて恐くてしかたなかった。澪に抱きついて、いやだいやだと泣きじゃくって。  赤ちゃんが産めるようになって、大人になって、見もしらぬ男の人と一緒になって子供を産んで、澪も私とは別々の場所で結婚して男の人に抱かれて離れ離れになって私以外の人のものになってしまう。それをみんながおめでとうっておめでとうっていいながら、笑顔で祝福して、私の悲しい気持ちなんて誰にも知られないで深くて暗い闇の底に沈められて、それでも幸せだよって、嬉しいって気持ちいいっていって、澪はきっと心からそう思っているのに、私はうそをつきながら死ぬまで、お婆さんになってくしゃくしゃになって死んでしまうまで、そんな気持ちを抱えながら生きていかないといけないんだと。  本当は澪とただ一緒に、ずっと一緒にいて、大人になんてなりたくなくて、いつまでも澪と二人だけで一緒にいたいのに。澪と一つになりたいだけなのに……それだけなのに、私達はもうこんなに大人に近づいてしまっている。大人になって、澪と別々になってしまっている。だんだんと、少しづつ変わっていってしまう。  いやだ。  そんなの、いや。  私は大人になんてなりたくない。  もう、これ以上変わってしまうのはいや。  澪と違ってしまうのはいや。澪が私から離れていってしまうのがいや。  私が澪と違ってしまうのがいや。澪がわたしと違ってしまうのがいや。  統計資料や心理学の本を調べると、こんな風に一卵性双生児で自分の半身と離れたくないって思う人よりも、それぞれが別々の違う個性を出して区別をわざとつけて変わっていく方を望む人が多いらしい。  けれど、そんなこと私には信じられない。  私と澪はもともと一つだったのだから、一つだったものがどうして違ってしまわなければならないのかわからない。どうしてもう一度一つに戻りたいとは考えないのだろうかって。どうして別々にならないといけないのかって。  わからない。わからない。  私にはわからない、わかりたくもない。  澪がどうして私から離れていってしまおうとするのか、私にはわからない。  私の側にいてほしい。私のことだけを見ていてほしい。同じ場所で、同じ息を吸って、同じものを見て、同じ声を聞いて、同じものを感じていたいのに。お互いのことだけを感じて生きていけたらいいのに。  なのに、どうして澪は私から離れていってしまうの?  どうして、わたしよりもそんなよくわからない他人を選ぶの?  私をほっておいて、私の知らない人と同じ時間を過ごそうとするの?  いやだ、いやだ、澪の心がわからない。  私から離れようとする澪の心がわからない。  どうしてこんなになってしまったんだろう、どうして別々になってしまうんだろう。こんなにも私は澪のことだけしか考えられないのに、どうして澪は私と同じ様に私のことだけを考えてくれないのだろう。  約束したのに、ずっと一緒だって、お姉ちゃんと一緒だって言っていたのに、お姉ちゃんごめんなさいって言ってくれたのに、もう忘れてしまったの? いやになってしまったの?  ……そんなの、許せない。  澪に、もう一度わからせてあげないといけない。  私の気持ちと一緒になってもらわなくちゃいけない。  でないと別々になってしまうから。  たった一つだったものは、決して別々になっちゃいけないんだから。  私たちは同じ卵から産まれたのだから……。  じくじくと、右膝の痕がざわめいている。冬でもない限りはとっくの昔に痛みなんてなくなっているはずなのに。 「澪、痛いよ。  足が痛いよ」  足なんて直らなければいい、大人になんてならなければいい。それが澪と一緒にいるためには必要なことなら。  いつの間にか、私は家の自分の部屋まで帰り着いていた。  クーラーもつけずに閉め切った部屋の中、ベッドの上で天井を睨みつける。 「澪、みお、みお、みお……」  両手を伸ばし何かを抱きかかえるようにして……そのまま顔を手のひらで覆う。 「くふふ、フ、フ、フ……」  こんな思い、澪に言えるわけがない。  澪に言って、澪に理解してもらえるわけがない。  だって私たちは、もう、『違って』しまっているのだから。           §  その日の夜も更けて。  ぬめるような温かさを含んだ風が、開いた窓のカーテンを揺らす、私の部屋で。  「おやすみ」の言葉とともにお互いの部屋に分かれてしばらく経ってから、今日予定していた分の勉強をようやく終えることができた。  気がつくと、もう夜中の二時過ぎていて。  机から離れて明かりを消すと、ベッドの上に倒れ込む。  澪は「そんなに夜遅くまで根を詰めて勉強したら、身体によくないよ」と言ってくれるけれど、私はそれほど必死になっているとは思っていない。ほどほどに、少しだけ澪よりも成績が良いぐらいをいつもキープしている。あまり順位が離れすぎてもないのが、私にとって丁度良いぐらい。  私はこの右足のこともあって、あまり激しい運動はできない。はっきり言えば体育はかなり苦手な方で見学することも多い。逆に澪は身体を動かすことが好き。  周りからもよく活発で社交的な妹、大人しく内向的な姉という目で見られているけれど、それを否定するつもりもない。もとより、それは私が望んで作っているイメージだとも言えるから。  勉強で主に澪の苦手な理系科目に力を入れているのは、それが好きだからという理由じゃない。いつも澪を頼ってばかりいる私は、運動もできなくて友達も少なくて、それでさらに勉強も何一つできなければ、もしかしたら澪に愛想つかされるかもしれない、なんて考えたこともあったから。だから澪にいつもつは逆に頼ってもらえるように、必要とされるように、澪の苦手な科目に力を入れて勉強した。  ほんの少しでも澪に必要とされているという実感は、私の心を少しだけ軽くしてくれる。澪に頼られるのが素直に嬉しいという気持ちも大きいから。テスト前とか、そうでなくて普段でも「お姉ちゃん、ちょっと教えて」と言ってきてくれるのは、二人で一緒にすごす大切な時間の一つになるから。  でも、あまり成績の差が大きくなりすぎるのは良いことじゃない。私はあくまで澪に守られる弱い存在なのだから。澪が私に対してコンプレックスを持つぐらいに差がつく、なんていうことは絶対にあってはならないこと。「お姉ちゃんを守らなきゃ」と思ってもらえるぐらいでないと意味が無い。  ……だから、「お姉ちゃんだからしっかりしないと」という言葉は嫌い。  ほんの少しだけ先にお母さんのお腹から出てきただけなのに、それだけでしっかりしないといけないなんて理不尽だと思う。  澪は冗談でもそういうことは言わないでいてくれる。私がそう言われるのが嫌いだっていうことを知っているから。  やさしい澪、私を守ってくれる、ずっと一緒にいてくれる、大切な妹――。  ――妹。  少し前の古典の授業中に先生が話してくれたことを思い出す。  明治時代よりも前は、先に産まれた方が妹で、神送りと言われ後から産まれた方が姉だったという。ずっと日本で続いてきた風習から言えば私が澪の妹で、澪が私の姉だとも言えるということで。  それならば、私は澪の妹でありたかった。  どうして今のような法律にしてしまったんだろう。  『姉』という言葉で示されるものが私には足りないから。澪の方が良い意味で私よりもずっと姉らしいと思う。そして私はその姉を慕い頼る妹、そんな関係なら。  面と向かっては言われたことはほとんど無いけれど、周りの人達は皆「澪ちゃんはしっかりしてるね、繭ちゃんもお姉ちゃんなら、もっとしっかりしないといけないよね」「澪ちゃんがお姉ちゃんみたいだね」と、私達を指して言う。言葉に出されなくても、表情がそう言っている。  けれどそんなこと、他人から指摘されなくたってわかっている。貴方達は知らないのだろうか、本当なら、少しだけ昔ならその言葉どおりの姉妹関係だったと、そして私自身がそうだったら良かったのにと思っていることに。  どうして今でもそうでないんだろう。本当は自分は『妹』だから、『姉』の澪に甘えたってあたりまえのはずなのに。  私は澪の『妹』がよかったのに。  そうして、澪に「お姉ちゃん」って言って甘えるの。  それに『お姉ちゃん』っていうただの一般的な言葉じゃなくて、妹という立場なら自分の名前を澪にちゃんと呼んでもらうこともできる。『繭』っていう、私が私である名前をちゃんと呼んでもらえるから……。  お姉ちゃん。  お姉ちゃん――。  繭。  まゆ――。  この壁の向こうに澪がいる。  この壁の向こうに『お姉ちゃん』がいる。  隣の澪の部屋と壁一つ挟んでベッドがあって、その壁に寄り掛かって、耳をそばだてる。  一枚の壁をへだてて在る、私の半身。  もう寝入ってしまったのか、耳をそばだててもなにかが聴こえるというわけでもないけれど。きっとベッドの中で安らかな寝息をたてているのだろう。 「澪……おねえちゃん」  呟いて、秘密の言葉が零れ出た唇をそっと撫でる。  ちろちろと指先を舌が舐める。  私は目を閉じて夢想する。  この指は澪の指。この指先は『お姉ちゃん』が私を唇に触れているのだと。  私に触れている。私を求めている。私を求めてくれている……私が願うのと同じように、同じ強さで、同じ思いで一緒のベッドの上にいるのだと。 『まゆ……』  澪お姉ちゃんは、私の背中に寄りかかるようにして、両手を回して私を抱きしめる。  この手は澪の手、パジャマのボタンを慣れた手つきで外していくのは、私のたった一人の大切な人の手。  私を壁に押し付けるようにして、お姉ちゃんと壁との間に閉じ込めながら、私を決して逃げられないように、離れないようにして。 「……澪お姉ちゃん」  まろび出た乳房にお姉ちゃんの手が触れる。ゆっくりと大きく、でも優しく、私の胸を捏ねり始める。そうして肩口に小さなあごを乗せて、頬をすりよせるようにして、耳元で囁く。 『繭は、どうしてわたしよりも胸が大きいのかなぁ』  お姉ちゃんはいつも、こんな時だけの意地の悪さを含んだ声で私を責めるから。 「……それは」 『それは?』 「それは……いつも、澪お姉ちゃんが」 『わたしが?』 「お姉ちゃんが、こんな風にしてくれるから、だから」 『こんな風に?』 「ひゃうっ!」  いきなり強く胸を掴まれて、その痛みに声を上げてしまう。 『こんな風に、いつもいつも繭の胸を揉んであげてるから、大きくなっちゃうんだね』 「うん、うん」 『ごめんねぇ、痛かった?』 「うん、うん」 『でも、おかしいよね。とっても痛いくせに、こんなに、先っぽを尖らせて。  普通にしてた時よりも、痛くしたとたんにこんなにピンピンにしちゃうんだから』  お姉ちゃんの指が私の胸の先をコリコリと刺激する。そこからしびれるような痛みと快感とが混ぜ合わさった刺激が何度も何度も頭の中に飛び込んでくる。 「あ、や、ちが……」 『ちがわないよ、繭は。  繭は、お姉ちゃんに胸を痛くされて気持ちよくなっちゃうヘンタイさんなんだ』  いつの間にか両手で胸を弄ばれて、背中から抱きつかれながら、耳の側で意地悪でいやらしい言葉を囁きながら。 「ちがう、ちがうの」  お姉ちゃんに胸をいじられながら苛められながら、私は言い訳になっていない言い訳を口にして、気持ちいいことを否定する。これは本当はよくないこと、やっちゃいけないことなのに……どうして、イケナイコトはこんなにも気持ちいいんだろう。血を分けた、遺伝子さえ分け合った肉親と、双子の姉とこんなことをするなんて、それがどうしてこんなにも気持ちいいんだろう。  荒くなった吐息。二人分の吐息が部屋の中に響く。 『でもね、大きくなった繭の胸をこうするの、わたしは大好きだから。  大好きだから、こんなことするんだよ。ずっとずっと大好きだから、これからもずっとずうっと、こうやってしてあげる』  お姉ちゃんが私のことを好きだと言ってくれる。私とこんなことをするのが大好きだって言ってくれる。こんな普通じゃないおかしい私を好きだって言ってくれる。それが嬉しくて泣きそうになるぐらいの気持ちになって。 『繭、気持ち良い? きもちいい?』 「うん、うん、うん」 『でもね、あんまりおっきな声を出しちゃダメ。  誰にも他の人には聞かれちゃダメだからね。  ……それに繭のこんな可愛い声を、わたし以外の誰にも聞かせたくないし』  澪お姉ちゃんが私を求めてくれて、独占欲を持って私を縛ってくれることがこんなにも嬉しい。ぴったりと一つに寄り添い、私を閉じ込めて。  するするとお姉ちゃんの右手がパジャマの上下の隙間から入り込んで来る。  お腹の真ん中のおへその辺りをまるく撫でて、窪みの周りを中指でなぞり、中心を小さく抉って。  そうして焦らすように私の身体をゆっくりと下りながら、漸く本来の目的地へと侵入を果たそうとする。  下腹の上で手のひらを滑らせて、肌と布の境界線を指先で辿り、けれどまだその中へとは入ってこずに。代わりに、ショーツの上から大切な場所を訪れる。薄い布越しに感じられる生暖かさ。 『繭のココ、もうこんなになっちゃってる』 「イヤぁ」  羞恥心に堪らなくなる。  しっとりと濡れた布の上、その秘所の形をなぞりながら指を這わせる。布越しにも十分わかる情欲に期待する秘唇のうごめき、息づき。指先がクニクニと上下に動いて刺激を与えて、中指が無理に潜り込むような強さを持って。 「澪、澪おねえちゃん、お願い」 『なに?』 「お願い、お願いだから」 『お願いだから、どうして欲しいの?』 「お願いだから、お願いだから」  強く、弱く、強く、弱く、けれども決して直接私のあそこには触れようとはせずに。 『お願いだから、繭のいやらしいお○んこを直接弄って欲しいって?』 「うん、うん、私の、繭のお○んこ、澪の、お姉ちゃんの指で!」  身体がベッドの上に倒されて、倒れる。 「あ、ぁ、は、は」  シーツに顔を押し付けて、押し付けられて。  圧し掛かられる重さ、重さ?  私は、澪と、お姉ちゃんにお○んこ弄られながら、声を押し殺して、押し殺せずに声を上げて。  ささやかな草叢を掻き分けて、求めていたものに蹂躙される悦びに。 「澪お姉ちゃん、おねえちゃん」  激しくなる指の動き、私の中心を、今、お姉ちゃんが、澪が触れている。  むき出しになったクリトリスを抓られ、愛液でぐじゅぐじゅになった両唇を割り開いて、うごめく指先が乱暴に全てを犯し侵そうとして。私を、わたしを縛り、弄び、閉じ込め、中心に向かって落ち込んでゆく。  いやらしい音を響かせて、いやらしい吐息を漏らして。  いやらしい乳首を尖らせ、いやらしい肉の芽を剥き出しにして。  ドクンドクンと心臓を高鳴らせ、赤い、紅い血に乗せていやらしい汚らわしい純粋な狂った心を体中に送り込みながら。  薄い肌を血の紅が透けて見えながら。  ズクンズクンと、かけがえのない絆、傷跡、痕を疼かせて。 「ひぅ、おねえちゃん、みお、おねえちゃん」  同じ身体持った双子同士で、双子の片割れだけで、血を交わらせ、肉を交わらせ。  こころ、こころ、双子のこころの交わり。  交わりと、分かたれるいのち、こころ。  ――血。  ――肉。  ――絆。  ずっと一緒だと、そう言って離れない約束。  約束の場所。  ここにいて、ココニイテ。  私の中へ、わたしの中で。  繭の中へ、一つの卵へ。 「みお、みお、みお、みおっ」  私はいく。  澪と一緒に、みおといっしょに、みおをおいて、おねえちゃんをおいていかないで、イかないで、逝かないで。  けれど、もう止めることなど、留めることなどできはしないから。  わたしは弱いから、私は哀しいから。  望んでも、求め得られぬことを哀しんで。  そうして、イくのだ。  深い深い場所へ。  ただ一人で――。  深い喪失感と気だるさに満たされた暗闇の中。  目を開くと。  汗にまみれたただ一人の姿に気づいて、私は。  ――私は。  自分の浅ましさと、滑稽さと、罪悪感と、そして澪とは決して一つにはなれないことの悲しさに、当たり前の哀しさが許せなくて。  泣いた。           §  翌朝。  澪と私は、いつものように二人で揃って登校している。  いつものように、いつもと何も変わらずに。 「あー、どうして朝からこんなに暑いんだか」  パタパタと手で仰ぎながら、なんでもない内容のことを話しかけてくる。  私はそれに「うん」「そうだね」と、小さく笑いながら、やっぱりいつものような返事を返して。  それが私たちの日常。澪と一緒にいる毎日の風景の一つだから。 「あんまり暑い暑い言ってると、余計に暑いって気分になるよ、澪」 「うー、それはわかってるんだけど」 「冷たいものでも食べれば涼しくなるかも」 「まぁ、そだね。  それにしても、昨日の夜のシューアイスはやっぱり美味しかったなぁ」 「澪のおみやげだしね」  澪は昨日私と一緒に帰れなかったお詫びに、駅前の洋菓子店「ケーニヒコロネ」のシューアイスを買ってきてくれていた。  お風呂上りに二人で食べたそれは、とても美味しいものだったから。 「ふっふっふ、やっぱりケーニヒコロネのは美味しいからね」 「あれが毎日食べられるなら、澪と一緒に帰れなくてもいいかも、なんて」 「あう、それは許してよー、お姉ちゃん」 「じゃ、今日は一緒に帰ろうね」  澪の気遣いが嬉しくて、でも、それでもやっぱり二人一緒に帰りたかったのも本当で。どんなに美味しいものでもそれは澪が私と離れてしまった結果のもので……。 「はーい、今日はずっとお姉ちゃんと一緒なのです」 「他の人と約束しちゃダメだからね」 「でないと?」 「でないと、今度はフルーツゼリーの刑」 「うわ、そりゃカンベン」  冗談めかしながら、今日はちゃんと澪と一緒に帰れるように。 「お姉ちゃんはマンゴービーチデザートを所望す……るのもいいけど、この間から並ぶようになったサマーストロベリーショートケーキもいいかな」 「あーあーあー」  そこで澪は聞こえないふりをして、唐突に話題を変えた。  多分これなら今日はちゃんと一緒に帰れると思って、少しだけホっとする。 「ところでっ!  もうすぐ夏休みだね。楽しみだよね、お姉ちゃん」 「うん」 「それにお母さんが言ってた話。  久しぶりだよね。あの森に帰るのは何年ぶりかなぁ。懐かしいなぁ」  あの森――それは、私たちが小さい頃に住んでいた田舎の森のこと。  今更のようなダム工事のために、近々その森は周辺の村と一緒に水の底に沈んでしまうということらしい。  もしかしたら澪は、あの森が沈んでしまうことを心の奥底では喜んでいるのかもしれない。何故なら、あの森は、私と澪との――。 「……お姉ちゃん」 「ん?」 「……ううん、なんでもない」  澪は小さく笑うと、また夏休みの予定のことについて話し始めた。  その軽やかに弾む声を聞きながら、同じように笑顔を見せながら、私は心の中に暗い淀みが溜まっていくのを感じていた。初夏の明るい日差しと対称を成すもの、降り注ぐ陽の温かさが──温かさゆえに腐らせる全てのものを内包する、そんな淀みを。 (今はまだ、澪は私と一緒に居てくれる。  けれど、いつまでもいつまでも、ずっと一緒にはいられないから。  澪はまた私を置いていこうとしているのかもしれない。  昨日のように、私を一人置いて)  横を歩く澪の手が、時たま私の手を掠める。  じっとりと汗ばむ手。 (でも、それでも──だからこそ、私はもう一度澪をつなぎ止めなければいけない。  どんなことをしてでも……)。  私は澪の手を取ろうとして、けれど、出来なかった。  以前よりも、『あの時』よりも、もっともっと澪の気持ちを自分に向けさせるためにはどうすればいいのだろう。『ずっと一緒』、その言葉を本当にするにはどうしたらいいのだろう。  あの場所に行って、もう一度澪が自分により負い目を抱くような事件が起きればいいのだろうか、それとも逆に澪が自分に頼るしかないようなことが起こればいいのか。  どちらにしても澪が私から離れていくことだけは許せない、許さない。たとえどんなことになっても、どんなことをしても。  深く、深く、暗い思いに心の中が満たされて。  夏の青い空の下、私と澪は笑いながら一緒に歩いていく。  ずっと一緒、その言葉が本当だと思えるように。  ……けれどそれは幻のようなもの、夏に立つ陽炎のようなもの。  うそ臭い夏の陽の影に隠れ、昏い想いを募らせ腐らせながら、ただ澪のことだけを考えながら、私は歩く。  不器用にひきずりながら、私の半身と供に。  いつか供にゆくことのできる日が、二人に訪れることを願いながら。           §  ――そして、その数週間後。  かつての約束の場所、皆神村、地図から消えた村で。  紅色に染まる双子達の物語――「零〜紅い蝶〜」の物語の幕が上がる。                                   おわり