とある秋晴れの午後の、ちょっとした出来事。 |
作者:sugich |
とある秋晴れの休日。
駅前にあるゲーセンの対戦台でめずらしく連勝することが出来た耕一は、「ストライキファイター3’のテーマ ORANGEバージョン」を気持ちよく口笛で奏でながら、柏木家へと続くいつもの帰り道を歩いていた。
そろそろ冬が近づいてきたというのに、今年は例年よりも暖かいそうで、あまり厚着とかをするほどの寒さでもなく、スポーツ・芸術・読書、何をやるにしても本当にいい季節になっている。ただし、グ〜タラ大学生・柏木耕一のやりたい事リストの中には、先に挙げた三つの項目は入ってなかった。その代わりとして、食欲・ゲーム・昼寝が入っている所に、少し情けなさを感じないわけでもない。
(……まぁ、こっちに来てる間はこんなのもいいよなぁ。大学生の特権だし)しばらくすると、少し前の方を、自分と同じようにてくてくと歩く、よく見知った女性の後ろ姿が目に止まった。
「千鶴さーん」
「あら、耕一さん」
大きなコットントートのバッグを抱えた千鶴は、後ろから駆けてくる耕一の声に気付くとそちらを振り返った。肩にかかる黒髪がさらりと流れる。
耕一は彼女の側まで駆け寄り、歩みを戻すと、そのまま一緒に隣に並んで歩き出す。
「今おかえりですか?」
「うん」
千鶴は、背丈の差の分だけ少し見上げるように首を傾げて、にこにこしている耕一の顔を覗き込む。
「なんだかすごく上機嫌ですね、耕一さん」
「そうかな?」
「ええ。何かいいことでもあった………あ、もしかして駅前のゲームセンターの対戦ゲームで勝ったから、とか?」
「ぴんぽーん、正解です……って、千鶴さんには俺の行動パターンというかなんというか、バレバレだね」
「だって、耕一さんったらこちらに来て暇な時はいつも、
1:駅前のゲームセンターで対戦ゲーム
2:駅前のパチンコ屋さんで無駄使い
3:駅前の本屋さんでエッチな本を立ち読み
4:家でグータラ
のどれかのパターンじゃありませんか」
「うっ………いやまぁ、それは確かにそのとおりなんだけど……ソレ、誰かから聞いたの?」
「さぁ、誰でしょうね」
クスクスと笑う千鶴。「そ、それはそうと…」
分が悪い事を悟った耕一は、とりあえず別の話題に変えようとした。
その時、千鶴の抱えてる大きなバッグから漂ってくる香ばしい香りに気が付く。
「……それはそうと、なーんかいい匂いしてるんだけど」
「わかります?」
「その長細い包みから、こんがり焼けた――そう、フランスパンかな、多分――の、香ばしい匂いがしてる」
「ぴんぽーん。正解です」
さきほどの耕一の口調を真似ながら、『ぴんぽーん』とお茶目に人差し指を立てて、にっこりと微笑む。
「このバゲット、駅前に最近できた、おいしいって評判のパン屋さんで買ってきたんですよ。きちんと焼きあがる時間を計って買うようにしたから、本当に焼き立てなんです」
「へぇ、本当?
確かに『焼き立てだーうまそうだー』って感じだよね、これは」
クンクンと軽く鼻を鳴らしてから、耕一は香りを楽しむように大きく息を吸い込んだ。
「ところで千鶴さん、それ、持とうか? どうせ俺手ぶらだし」
両手をぶらぶらさせながら、荷物持ちを名乗り出る。
「大丈夫です。このバゲットと菓子パンが幾つか入ってるだけですから」
「そう? 結構色々入ってて重そうに見えたんだけど、まぁ、それならいいか。
じゃぁ俺は千鶴さんの隣で、その香りを存分に楽しませてもらおっかな」
「はい、香りだけならいくらでも、只今無料御奉仕中ですよ。
パンは、家に帰ったらすぐお茶にして、その時にいただきましょ」
にこにこしながら答える千鶴に、こちらも負けじとにこにこする耕一。「こんなおいしそうなパンなら、いくらでも食べられるかも〜、俺」
「残念でした、このバゲットは1本だけなんです。でもその代わりに、おいしそうな菓子パンもいろいろと買っておきましたから」
「おいしそうな菓子パンって、何を買ったの?」
耕一の問いに、千鶴は指折りながら数を数えはじめた。
「えーっと、まずデニッシュが四個、チョコロールが二個、クリームーホーンが二個…」
「ふんふん」
「…それから小倉あんぱんが一個、うぐいすあんぱんも一個、これは梓が好きなのよね。で、ガーリックトーストが二本。楓の好きな辛口カレーパンが一個にチーズカレーパンが一個。あと、せっかくだからパンにつける手作りジャムとマーマレードの瓶も買って。それから……そうそう、おいしそうだったからピザも四切れでしょ、一口ちびロールパンを確か300gに、フレンチトーストのバターとココアがそれぞれ2個ずつと、それと………」
両手合わせて指折りながら、買ったパン(+その他若干)を列挙していく千鶴の声。ピザのあたりから、耕一の『にこにこ』は次第にひきつった笑いに変わり始めた。頭に大きな冷や汗マークが浮かぶ。
「ちょ、ちょっとちょっと千鶴さん、ちょっと待って。全部合わせて一体どれだけ買ったの?」
千鶴の声をさえぎるようにして、慌てて訊ねてみる。
その耕一の声に、バッグの中を覗いて、直接パンを包むビニール袋の山を見て数え直す。
「全部でですか? ええと……ひのふの…やのとうの…………にじゅいち、よん、ろく………さんじゅ、さんじゅさん……。
………ちょっと、買いすぎちゃった、かな。テヘっ」
覗きこんだバッグからおずおずと顔をあげると、チロっと舌を出してごまかし笑い。
その仕草に、耕一はすかさずツッコミを入れた。
「ち〜づ〜る〜さ〜ん。『テヘっ』はいいけど、また梓に『なんでこんなに山ほど買ってくるんだよ』って怒られるよ、これはー」
「そ、そうですよね。
本当はトレイをレジに持っていった時にも、少し買いすぎたかな、なんて思ったんですけど…………でも、あんまりおいしそうだったから、ついあれもこれもってぽんぽんっと……あの、どうしましょう、耕一さん」
「ついぽんぽん……って(どうやってトレイに乗せて持ってったんだか)、まぁ、俺は別にいいんだけど。でも、さすがにコレを全部食べ切るのは結構大変だと思うよ。確かに『食欲の秋』とは言うけどさ」
耕一のもっともな意見を聞くにつれ、だんだんと眉尻が『ハ』の字に下がってきて、本当に困ったなどうしよう、という顔になる千鶴。
その表情の温度変化を少し面白がって眺めながら、『帰ったらどうやってフォローしようかなぁ』と、思案を始める耕一だった。
あいかわらずの千鶴のボケが冴え渡る、そんな『食欲の秋』の午後の1シーン。
〜 ごちそうさまでした 〜