某mlで出たヨタ話「梓って、ホントにバカ正直で、しかも不幸だよな」、 |
作者:sugich |
炎の中で対峙した二つの影、次郎衛門とアズエルの姿。
天城側武者の放った火矢が、草に移り木を燃やし天を焦がし、夕闇迫るこの地を赤く黒く染めあげる。
夕陽、炎、血。
二匹の獣、二組の瞳。
気高き狩猟者の縦に裂けたそれは、人ならざる異形の美しさを湛えて紅く輝く。
鬼、えるくぅ……命の炎を狩るモノ。
ヒトはその前では、なにもできずただ逃げるだけの哀れな野兎にすぎないのか。
(否!)
次郎衛門は、心の中で叫んだ。
烈迫の気合いと共に刀を正眼に構えなおし、必殺の間合いを測る。
じりじりとした緊張の時が続く。
“狩る者”と“狩られる者”、互いの行く末は、未だ分からぬ。
アズエルは、瞼をそっと閉じ、深く息を吸い込んだ。
頭の中でもう一度、言うべき言葉を繰り返す。
「フっ」と息を吐き、軽く腰に手を当てる。
そして、意を決したようにぱっと目を開いたかと思うと……。
『ヤァヤァヤァ。
近くばよって、目にも見よ。
天越ゆる遥けき彼方より、この地に舞い降りたる我等えるくぅ。
猛々しきかな。
高貴なるかな。
命のほむら求め、星渡る狩猟者よ。
我こそ、
皇姫四姉妹が第二の月の名を持つ者、アズエル。
美しく気高き魂(えるくぅ)を持つ同胞が内で、最も強くあり最も美しくあるとされた者…』
山をも響かす大音量で――しかも芝居がかった口調で大仰に――朗々と口上を並べたて始めたアズエルの姿。
次郎衛門は、その突然の前口上を謳い始めたところで、完全に虚をつかれた格好となった。
ポカンと大口を開けて、唖然としてしまう。
『…ゆえに応えよ、
下界に於いて、最も猛々しき命の炎を持つ者、汝の名は。
応えよ、
我が命の欠片の一つとなり、共に生きることを許される者、汝の名を…』
最初は少しオドオドと詰まり気味な部分もあったが、後半はまさに流れる水のごとくぺらぺらぺらぺらと喋る喋る。おそらくはアズエル本人も、ここまで来ると既に何を喋っているのかよく分かってないのであろう。
一度ついた勢いは、誰にも(自分自身でさえも)止められない。
事態は、命を賭けた壮絶な闘いから、出来の悪い三文芝居へと急転直下の展開を見せ始めていた…。
『……ということで。
ジローエモン、このあたしと正々堂々勝負しろォ!!』
長口上をなんとか格好良く言い終えることが出来た……と、本人は思っているアズエル(実際は、長々と来てようやく結論が来た時には、既に喋り始めた頃と口調が変わってしまっていたし、また、口上の前半を聞いた限りでは、彼
女は次郎衛門の名前を知らないはずなのに、後半では平気な顔して出てきてしまっている………などなど、色々とツッこむべき点は多々あるのだが…)。
彼女は最後に、少し頬を上気させながら、ビシィッと次郎衛門をその長く伸びた爪で指差した。
……しかし、指差された当人は困惑したままだった。
“なんだか困ったことになっちゃったよ”という体の間の抜けた大口をあわてて閉め、闘いを前にした引き締まった表情に戻そうとするのだが、どうにもうまくいかない。
しばらくの沈黙の後、
「何を喋ってるのかわからぬぞ。日本語で話さぬか、日本語で」
と、次郎衛門が言えたのはたったそれだけだった。
結局、内容云々よりもそれ以前の問題として、エルクゥ語は次郎衛門には理解不能だったのである。
アズエルは次郎衛門の態度を見て、
(もしかしてあたしは、なにかとんでもなく恥ずかしい間違いをしてしまったんじゃないだろうか…?)
そんな風に思い始めていた。
しかし、とりあえず次郎衛門の言った声がよく聞き取れなかった(と言うより、理解不能だったのだが)と言うことにして、もう一度前口上の最後の部分だけ言ってみることにした。
『………だから。
ジローエモン、このあたしと正々堂々勝負しろォ!!』
次郎衛門は次郎衛門で、自分の名前らしきものが呼ばれていることは分かるのだが、それ以上はさっぱりわからない。だから、また同じ言葉を繰り返すしかなかった。
「ええい、日本語で話せと言うとるだろうが!!」
アズエル側も、やっぱり次郎衛門の言葉の意味が分からない。
『正々堂々勝負しよって言ってるんだよ、わかんないかなっ!!』
通じぬ言葉で意味のない問答を続ける二人。
ただここに来てようやく、アズエルは自分自身が“次郎衛門の喋ってる言葉がわからない”こと、次郎衛門側も“あたしの喋ってる言葉の意味がわからない”こと、この二つの事実――少し考えれば当たり前のこと――に思い至った。
「○○□※〆ゝ〒〜……!! だぁ!! 全然わからぬわっ!!」
『〒○+…∞〜〆○ゝ□■!! だぁ!! 誰かなんとかしてぇ〜。
あたしは大バカ野郎のコンコンチキだぁ!!
なんで、なんでこんな基本的なことに、今の今まで気がつかなかったんだ、あたしは!?』
前口上を格好良く謳い上げることしか頭になかったアズエルの冒した、まさに、“なにかとんでもなく恥ずかしい間違い”である。
さっきまでの怒りの表情は「しまった!」…と言う表情に変わり、そして最後に、彼女の顔は恥ずかしさで真っ赤になった。
よく見ると、目尻に少し涙がにじんでるよう。
『……ああ、こんなコトならエディフェルにここの言葉をしっかり習っておくんだった。
せっかく見栄を切ってバッチリ格好よくいったと思ったのに、これじゃ全然意味ないじゃないかぁ。
そ〜いやリネットもエディフェルに習って片言でも喋れたよな。
それにリズ姉ェはなんにも言わないけど、きっと喋れるにちがいない。
この前に立ち寄った星でもそうだったじゃないか。のほほ〜んとした顔で「私はなんにもしりませんよ〜」みたいな雰囲気で人を安心させておいて、知らないウチに喋れるようになってるんだ、リズ姉ェは。
………いつだってそうだったじゃないか、いつだってそうなんだよ。
ちくしょう、喋れないのはあたしだけかよっ!!
あたしだけ仲間外れかよっ!!
バッカヤロォォォォーーーーーーーッ!!』
静かになった後、突然ブツブツと独り言(意味はわからないが)を喋りはじめ、そして、キッと次郎衛門を涙目で睨んだかと思うと、そのまま怒声みたいなものをはりあげ、泣きながら走り去っていくアズエル。
『バッカヤロォォォォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜オォォォ〜〜〜ォォ〜………』
その声は走り去った後もこだまとなって、山々に響き渡った。
一人取り残された次郎衛門が出来たのは、ただ唖然として、その後ろ姿を見送ることだけだった。
「むぅ、よくわからぬが、きわどい闘いであった……。
……しかし、一体何を喋っていたのであろうか、あの鬼の娘は?
とんとわからぬ。
やはり今度えぢへると逢うた時、少しでもかまわぬから鬼の言葉を教えておいてもらおう…」
陽は、完全に落ちていた。
ちろちろと赤い残り火だけが未だ燻り続ける、焼けた草っぱらの真中。
次郎衛門はしばらくして気を取り直した所で、チンと言う小さく澄んだ金属音を響かせ、刀を鞘に収めた。
ふと、夜空を見上げる。
少し雲がかった空には、青白い月が大きくその姿をあらわにしていた。
遠くで誰かが泣いているような、そんな気がした。
ヨークとの世間話を終えたリネットがリビング(?)まで戻ってくると、部屋の隅でブツブツと何かを呟きながらイジケた背中を見せているアズエルの姿が目に入った。
どんよりとしたその一隅の空間を横目に、彼女は、“困ったわね”という体で腕を組んで溜息をつく長姉のところまで小走りで近寄ると、少し心配げな声で尋ねる。
「ねぇ、アズエルお姉ちゃん妙にふさぎこんじゃってるけど、どうしたの?
確かお昼御飯のすぐ後で、
妹の耳元に手をあて、リズエルはヒソヒソと事の顛末を語って聞かせた。
「え〜っ、
それじゃあ何もしないで前口上だけ並べたあげく、その意味が通じないからって泣きながら帰ってきちゃっ……」
「シーッ。そんな大きな声で言っちゃ駄目、アズエルに聞こえるでしょっ。
あの娘、あれでも結構ナイーブな所があるから。
いくら本当のことでも、ね。
私も、アズエルの後をこっそりと着いていったらしいエディフェルから話を聞いただけなんだけど………あの娘らしいと言うかなんというか……」
苦笑するリズエルと、なんとも言えない困ったような表情のリネット。
その雰囲気にいたたまれなくなった末妹は、傷心の姉に慰めの言葉をかけようと静かに彼女の側まで歩み寄った。
「アズエルお姉ちゃん、元気だして……」
意気消沈した彼女の肩に、そっと手を伸ばす。
「それにしても困ったわねぇ。
アズエルがこの調子じゃ、今晩の夕食はどうしましょ。
そうだ、久しぶりに私が腕をふるってみようかな〜〜……なんて、ね?」
思案顔から突然“ぽんっ”と手を打って、とても素晴らしい思い付きをしました、という風な笑顔を二人に向けるリズエル。
彼女のなにげない爆弾発言に、リネットはアズエルの肩に置こうとした手を止め、いきなり顔をひきつらせた。
それまでただただイジケてるだけだったアズエルも、この言葉はさすがに無視したままでいることは出来なかったらしい。恨めしそうな顔でゆっくり振り返ると、悲痛な声で長姉に訴える。
「非道いよ〜、リズ姉ェ。
傷心の妹に、さらに追い打ちをかけるようなマネをするつもりかよぉ。
心だけでなく胃までボロボロにしようだなんて、非道い、ヒドすぎるよ。
リズ姉ェこそ、正真正銘の鬼だ。
エルクゥの中のエルクゥだぁ!!」
「ちょ、ちょっとアズエル!! それは一体どういう意味?
胃に穴が開くって、何を言ってるのよっ!?」
「どういう意味も、こういう意味もないよっ。
言った言葉通りの意味だよ!!
この前、リズ姉ェの作ったリゾットを食べたダリエリが、腹痛で一週間寝込んだことをよもや忘れたとは言わないだろっ!?」
「あ……あれはタマタマ調子が悪かっただけで……」
「“タマタマ”じゃなくて、“しょっちゅう”じゃないか」
…と、その時。
窓際で静かに外の景色を眺めていたエディフェルがアズエルに向かって、ぽそっ……と呟いた。
「…お姉ちゃん、心で伝えればよかったのに……」
「それが出来れば苦労してないよっ!!」
声でエディフェルに噛みつく。
「あいつに心で伝えようとしても、あいつは、あいつはエルクゥとは違うじゃないかっ………………あたしらとは……って、アレ?
そ〜言えば確か………あれ…」
小さくうなずくエディフェル……心なしか頬が赤い。
数刻の沈黙の時。
“ヒュ〜”と、すきま風が部屋の中を舞ったような気がした。
“カクン”と、誰かさんの顎が大きく外れた音が響いたような気がした。
エディフェルの言葉の意味を了解し、「確かにそうだったわね」と、互いに顔を見合わせるリズエルとリネット。
口を空けて呆けたようになった、“・”目顔も痛々しいアズエル。
しばらくすると彼女はがっくりと肩を落とし、小さく身体を震わせ始めたかと思うと、今度はいきなり笑いだした。
「あ、あはははぁ……そういや、そうだったよな。
ジローエモン、あいつにはエディフェル、おまえの血が、私達と同じエルクゥの血が流れているんだったよな………、おまえがアイツを助けたあの時から。
………アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ〜〜はァぁ。
ちくしょ〜っ!!
青い空なんてだいっきらい、ダ〜っ!!
白い雲の、ジローエモンの、大バッカヤロォォォォーーーーーーーッ!!
エディフェルと一緒に死ぬまでイチャついてろ〜〜〜っ!!」
そう叫んで脱兎のごとく部屋を飛び出したアズエル。
残された三人は、そんな彼女をただただ見送るしかなかった。