おでんのうた

〜 A heartful Kizuato short story 〜
let's sing this song together.

柏木家の楽しい夕飯のひとときを描いたほのぼのストーリー。
台所に立つ初音ちゃんの姿を見て、耕一はふと懐かしい歌を思い出す。
それは、母さんがよく歌っていた『おでんのうた』。
一緒になって歌うニ人の姿に、いつしか楓ちゃんや梓も加わって……。
楽しく明るい歌声は家中に広がり、皆の心を優しく温かく包みこんでいた。

作者:sugich
出典:「今日のおことば」に発表された作品を、リーフファン1/2用に改定して挿絵を付けました。

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「今日の晩メシは、な〜にかな?」
 そう言いながら俺は初音ちゃんの横から、お鍋の中を覗き込むようにして、その金色の大きなフタを取ってみた。
 むわっっと、いい香りのする白い湯気が目の前に広がる。
 おいしさがいっぱい詰まった、湯気だ。
 俺は一息ぶんその香りを楽しんだあと、今度はきちんと初音ちゃんに『ただいま』を言った。
 ちょっとビックリしたようだった彼女は、『おどろかさないでよ、耕一お兄ちゃん』と、少し怒ったようなポーズを取ってから、
「おかえりなさい」
 と、いつもの笑顔を見せて俺を迎えてくれた。

「そっか、今日はおでんなんだ」
「うん」
「そっか、そっかぁ〜、おいしそうだなぁ」
「お兄ちゃん、居間の方で待ってて。
 まだお姉ちゃん達も帰ってきてないし……あ、千鶴お姉ちゃんからはさっき電話があって、今日は早めに帰れるからって言ってたけど……でも、お夕飯にはまだ時間があるから」
「そう? でも、もうちょっとだけここに居させてよ」
「それはいいけど……」
 初音ちゃんは少し首をかしげてから、またいそいそと晩ご飯の準備に戻っていった。
 なんとなく、さっき俺が台所に入ってきた時よりも嬉しそうに見えるのは、気のせいだろうか?
「なにか手伝うこと、ない?」
「う〜ん……それじゃ、みんなの食器とか出してて。
 誰がどのお茶碗とか、お兄ちゃんわかる?」
「だいたいはわかるよ。わかんなければ、初音ちゃんに聞くからさ」
「うん、お願いね」
 俺は椅子からよっこらしょと立ち上がると、水屋の前に立って食器を出しはじめた。
          :


♪…おでん おでん おいしいおでん
   おいしいおでんが 食べたいな
  おでん おでん あったかおでん
   あったかおでんが 食べたいな〜 ♪

 そのうち、おでんのいい香りにつられたのだろうか?
 知らないうちに俺の口からは、ハミングのような小さな声で歌が流れはじめていた。
 懐かしい、子供のころによく聞いたことのある歌。
 楽しくて温かい想い出………母さんの『おでんのうた』だ。
「この歌………知ってるよ、わたしも」
「え?」
 俺の歌声が聞こえたのか、初音ちゃんは包丁のトントントンという音を止めて、小さな声でそう呟いた。
「ずっと昔……耕一お兄ちゃんがよく遊びにきてた頃。
 わたし、聞いたこと……ううん、一緒に歌ったこと、覚えてるよ。
 この歌、おばさんが歌ってたよね……おかあさんと一緒に」
 そして、今度は明るく楽しそうな声で歌い出す。

♪ おでん おでん やわらかおでん
   やわらかおでんは おいしいな
  おでん おでん ほくほくおでん
   ほくほくおでんは おいしいな〜 ♪

 歌のリズムに合わせて、赤いリボンで結んだ髪が軽く上下に揺れている。

♪ まぁるいたまごに さんかくコンニャク
   おおきな輪っかは だいこんね ♪

「ね?」
 歌いおわった初音ちゃんは、肩越しに俺の方をくるりと振り向いた。
 その姿が一瞬だけ、懐かしく、今はもういない母さんの面影と重なる。
 俺は惚けたようになった。
 テーブルに食器を置こうとした両手は、その形のまま動かなくなった。
 目頭に、少し熱いものを感じた。
「あ……いや…」
 俺はそんな顔を初音ちゃんに見られたくなかったから、首を振って俯いてしまう。
 そのまま顔を見られないようにしてテーブルをぐるっと周り、ガスコンロの前、おでんがグツグツと煮えているお鍋の前にもう一度立った。
 そして、おもむろにフタを開けて、その香りの湯気を顔にあてるようにした後………俺のそんな態度にちょっと不思議そうな顔をした初音ちゃんに、ようやく微笑みを返すことが出来た。
「あぁ……初音ちゃんの歌どおり、ほんとうにおいしそうに煮えてるよ。
 やわらかくて、おいしそうに、さ」
          :


♪ ちくわ つみれ いか巻ごぼう巻
   みんなが食べたい ガンモドキ ♪

 楽しげな歌声が台所に響いている。
 そこに突然、今度は茶目っけ溢れる元気な声が一緒に重なった。
「ちっちっち……それだけじゃ、おいしいおでんにゃならないよ♪」
 その声に驚いた俺と初音ちゃんは、入り口を振り返る。

♪ おでん おでん たっぷりおでん
   たっぷりおでんを 食べたいナ
  おでん おでん おいしいおでん
   おいしいおでんを 食べたいナ〜

  忘れちゃいけない うま味のヒケツ
   くるりんこんぶの おいしいおダシ
  コクを出すには 牛さんスジ肉
   こいつを忘れちゃ いけません〜 ♪

楓のおでんのうた 「ってね。たっだいま、初音、耕一」
「ぁ、梓お姉ちゃん」
「よ、おかえり」
「遅くなってゴメンな、初音。
 ちょっと……かおりのヤツにつかまっちゃっててさ〜」
 苦笑いしながら、両手をあわせて『ごめんッ』のポーズを取る梓。

「でさ、そこで楓とも一緒になったんだけど………ほら、今度は楓の番だよ」
 ニヤニヤしながら梓が体を横にどけると、その影に隠れていた楓ちゃんが、ひょこっとおかっぱの頭を覗かせた。
 彼女は少しもじもじとしていたが、意を決したように目をつぶると、澄んだ小さな声で歌いはじめる。

♪ おでん おでん いっぱいおでん
   おなかいっぱい 食べたいな
  おでん おでん みんなとおでん
   おなべをつついて 食べたいな

  まぁるいたまごに さんかくコンニャク
   おおきな輪っかは だいこんね ♪

「楓ちゃん…」
 嬉しくなった俺は、その澄んだ声に合わせて、一緒になって歌い出す。
 初音ちゃんと梓も、クスっと笑って顔を見合わせると、次の小節からソプラノとメゾソプラノの声を重ねあわせた。
 その声に楓ちゃんは、ちょっとびっくりしたように目をあけて……。
 次の瞬間、ニッコリと、頬をすこし赤らめた可愛い笑顔を俺達に見せてくれた。
 そして、さっきよりも少しだけ大きな声で続きを歌いはじめる。

♪ できた できたよ おいしいおでん
   おなべにいっぱい できました
  おなべをおいて おさらを取って
   みんなでいっしょに食べようね
   みんなでいっしょに食べようね!!♪
          :
          :




 キッ……という音をたてて、黒塗りのリムジンが柏木家の表門前に止まった。

「今日もありがとうございました。明日も、よろしくお願いしますね」
 運転手にいつものように声をかけると、千鶴は開いたドアからスラっとした脚を地面に下ろす。
 ヒーターの効いた車の中から外に出ると、厚着はしていてもさすがに寒さの厳しい季節なのだろう、ブルっと身体を振るわせてから、足早に門の前までかけてゆく。

 千鶴の姿が門の中に消えたことを確認すると、運転手は車を静かに発進させた。

千鶴さん靴をぬぐ 「今日は早目に帰れたから、お夕飯の手伝いでも…………あら、そう言えば今日の献立は何の予定だったかしら?
 ……そうね、寒いことだし、お鍋なんてありそうよね。
 それにお鍋だったら、私が手伝ってもきっと大丈夫。だって、お味噌とかお醤油を入れて煮るだけですもの、きっと私でもおいしく出来るわ……多分」
 そんなことを考えながら、カッカッとヒールの音を響かせながら玄関まで足早に歩を進める。

 がらららっ。

「ただいま」
 そう言って玄関を開ける。
 すると、三和土で靴を脱ぎはじめたところで、耳に響いてくる楽しげな歌声に彼女は気づいた。
「……この歌は………梓、初音、楓、それに耕一さん…」
 台所から聞こえてくる明るく楽しいメロディは、千鶴の心に、何かとても温かで懐かしいものを感じさせた。

 ……少しの後。
 その懐かしさの原因が何処にあるのかを思い出した彼女は、『くす』と柔らかに微笑むと、

♪…おでん おでん おいしいおでん
   おいしいおでんが 食べたいな
  おでん おでん あったかおでん
   あったかおでんが 食べたいな〜♪

 皆の声に合わせて、自分も小さく歌いだしていた。

〜おしまい〜 


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