ひどい風邪で寝込んでしまった耕一のところへ、 |
作者:sugich |
せっかくの週末だと言うのに酷い風邪を引いてダウンしてしまった俺は、今、天国と地獄を同時に味わっている………。
…なんて言ってたら、本当に看病に来てくれた!
ピンポーンと言う呼び鈴の音。
はんこをかぶってふらふらしながら玄関に立った俺の前に、あの優しい女性(ひと)の笑顔が現れた時、少しのおどろきと、もしかしたらこれは夢かもしれないという思い、そして、やっぱり来てくれたんだ……という自分勝手なことこの上無い喜びと安堵感があったこと。
もしかしたら電話の時の俺の声が、そんなつもりはあまりなかったと思っているんだけれど、「誰か看病に来てくれよぅ、寂しいよぅ」みたいに聞こえてたのかもしれない。実際、そういう気分もあったことは………事実だと思うし。
千鶴さんは、鼻声で「どうして」と尋ねる俺に、
「大丈夫ですよ。
今日明日とゆっくりしていれば、月曜日にはきっと元気になります。
……私がついていてあげますから」
そう、応えてくれた。
会社の方は?とか、梓達は?とか聞きたい事はあった。
でも、彼女の声に含まれている優しく温かい成分がそんな問いかけを無意味なものにしてしまったようで、布団に戻り熱っぽい頭を横にして彼女がお見舞いの品を枕元に置く姿を見ると、そんなことどうでもよくなってしまった……熱のせいもあったと思うけど。
目をゆっくりと閉じる。
千鶴さんのひんやりとした手がスっと額に当てられるのを感じた。
気持ちいい……。
頭はガンガンと痛かったけれど、それでもとても安らいだ気分でいられるのは、やっぱり千鶴さんのおかげなんだろうなぁ……そんなことを考えながら、俺は静かに眠りに落ちていった。
次の日の早朝ぐらいだったろうか、一度うっすらと目を覚ましたことを覚えている。
ぼんやりとした視界。
高いのか低いのかよくわからない天井。
次に何気なく顔を横に向けると、オデコの上にのっかっていた濡れタオルが枕横にズリ落ちた。それを持ち上げ確認してからもう一度乗せ直すと、千鶴さんを探して今度は目だけで少し部屋を見渡してみる。
彼女は、部屋の隅で毛布に包って小さな寝息をたてていた。
昨日ここにやってきた時間を考えると、多分仕事を少し早めに切り上げてから新幹線に飛び乗ったんだろう、疲れてるんだろうな………ぼぅっとした頭で、とりとめもなくそう思った。
俺は、小さく
「ありがとう、千鶴さん」、
と口の中でつぶやくと、もう一度目を閉じた。
………さて、
昼には熱も下がってきて、次に目を覚ました時には少し食欲も出てきていた。
グゥ〜ッというお腹の虫の鳴く音がした。
○お約束 その1
「はい、耕一さん。おかゆが出来ましたよ」
(………食うべきか食わざるべきか……それが問題だ……)
「ちょっと熱いかしら? ……じゃ、フ〜フ〜して食べさせてあげます」
おかゆを匙にすくって、フ〜フ〜してくれる千鶴さん。
その姿に感動する俺。
「はい、あ〜んして」
「あ〜ん。
………":P"|_&※〒*&*@&@&%^^^%■×々!!!!!!」
○お約束 その2
「耕一さんはそこでゆっくりしてて下さい、まだ本調子じゃないんですから。
洗濯物とか台所の片付けは、全部私にまかせて安心して寝てて下さいね」
「ち……………ん……そ………ってて……がはゲヘゴホ…………あ……い……………………らホゲホほほ……」(咽がヤられて声がマトモに出ない状態。本当は『千鶴さん、そんなことしなくてもいいですから、どうかここに座ってて下さい。それだけで俺は嬉しいんですから。お願いですから、千鶴さん、何も触らないで〜』と、言いたいらしい)
「はい。じゃ、まず台所の片付けから」
鼻歌を歌いながら台所に消えていく千鶴さん。
「ちょ……がはゲヘごほごほげへはハはんっゲホ!!」
俺は、布団を這い出て行こうとしたがその途端酷く咳込み、結局何もできなかった………。
5分ほどして、まず1枚目の皿が割れる音が聞こえた。
その甲高い音と千鶴さんの「キャッ」という小さな悲鳴。
風邪がぶりかえしてきたガンガンする頭の隅で、俺はその音をまるで絵空事のように聞きながら、
(そう言えばお見舞の中に桃缶が入ってたなぁ、初音ちゃんが持たせてくれたのかなぁ)
などと、脈絡も無くそんなことを考え現実逃避していた。
昨日の千鶴さんの献身的な看病のおかげで、風邪、さらに悪化(爆)。
こんな時初音ちゃんが来てくれたらなぁ…………とか無理を承知で考えてたら、やって来てくれたのは……。
「あ、梓!?
お、おま…ゴホ…学校はどうした…がはゲヘ、今日は月曜日じゃ……ゴホッ」
「ん? あ、あぁ学校ね。きょ、今日は創立記念日でお休み。
そんなことより風邪、酷そうだな、大丈夫?」
………う〜、なんだか怪しげな受け答えのよ〜な気がするが、そんなことよりなにより、この頭の痛さと寒気はホンモノだ。
梓は、驚いて布団から起き上がろうとした身体を両手でそっと押しとどめるようにしたので、俺は素直にそれに従ってもう一度布団にひっこんだ。
…俺の頭をポカスカ殴ってるわりには、すごく綺麗な手をしてるな、こいつ……。
…優しい手……なんでだろ……。
「……結構熱があるみたいだね。
でも大丈夫、どうせ無いだろうと思って、氷嚢もアイスノンも家からクーラーに入れて持ってきたから、すぐに用意してあげられるよ」
「ゴホ……サンキュ〜、梓」
掠れる声で、素直に感謝の気持ちを言葉にして。
…少し声が小さくなったのはどうしてだろう?……。
少しだけそんなことを考えたまま、俺はゆるゆると眠りについていた。
夜、一度目を覚ました時。
部屋の隅、こちらに背を向けた格好で電話をしている梓の声が耳に入ってきた。
「心配かけてゴメン。
うん、もう大丈夫そうだから……心配しなくていいから。
え、……わかってる、うん、明日には戻るから。
じゃ、切るよ、目を覚ますとかわいそうだからね……うん、じゃ」
なんだか謝ってるみたいだったのを、何故だか俺ははっきりと憶えていた……。
………さて、
翌日の昼には熱も下がって、目を覚ました時にはいつもの俺に戻っていた。
食欲も出てきてたので、梓の作ってくれたおかゆもおいしかったし、少なくともいつもの軽口ぐらいは叩けるぐらいにまでに復活完了。
これも梓サマサマってところかな、感謝。
○お約束 その1
「う〜、梓ぁ〜…がはげへごほ……俺はもう死ぬぅ〜ゴホッ」
「何バカなこと言ってんだか」
「……でも……ゲヘごほ」
「でも?」
「梓が胸まくらしてくれたなら、死なないと思うんだけどなぁ……。
がはげへ、や、やめろ梓…ごほほげへ……病人の首を締めるヤツがあるかぁ!!」
「病人なら病人らしく、バカなこと言ってないで静かに寝てろっ!!」
ボカッ!!…………………………………………きゅう。
「……あれ?
ちょっと? おい、大丈夫か? ちょっとそんなに強くやったっけ?
オイ、起きろよ、おきてくれ〜っ………」
○お約束 その2 〜おまけの後日談〜
さて、その後家に戻った梓は……。
学校をバックレていたことが千鶴にバレたため、手ひどい折檻を受けることになった。
「看病に行ったことは、まぁ許してあげます。
でも、この大事な時期に学校をサボるなんて、一体何を考えてるのっ!!」
「ち、千鶴姉ェ、待って、あたしの話を聞いてくれぇ〜!!」
不幸は続くもので。
看病の時にうつされてしまった風邪のため、ウンウン唸りながら一週間ほど寝込む始末。
さらには風邪が治りかけた頃、深い意味で梓を慕うクラブの後輩、日吉かおりちゃんに部屋を襲撃されると言う予想もしなかった喜劇(当人にとっては悲劇だが)に、文字どおり見舞われることとなった。
「梓センパぁ〜い、お見舞に来ました!!
私が来たからにはもう安心、誠心誠意看病してあげますからね〜。
さぁ、まずは汗をかいた寝巻を着替えさせてあげますぅ(ニヤリ)」
「たっ、タタタタスケテ〜!!
なんであたしばっかりこんなメにあうんだぁ〜!!(涙)」
まさに受験生の苦難、ここに極まれり。
某月某日。
風邪をひいて寝ていた俺の部屋に、何故か突然ギターを背負った見知らぬ優男が乱入してきた。
「だ、誰だ、ごほ…あんたは一体?」
「いや〜、すいません。実は部屋の鍵を無くしちゃって。
申し訳ないんですが、ベランダを通らせてもらえませんか?」
「あ……あのね…ゴホ」
「いや、本当にありがとうございます。
お礼に一曲、風邪を引いてるあなたに捧げましょう!!」
「ちょ…ごほガハげほほ…ちょっと待テ…」
俺の言葉を完全に無視、いきなりギターをつかんで弾き語りを始める非常識な男。
なんだか目がイっちゃってるように見えた。
「柳川さん、柳川さん、僕はあきらめないッ!
つかんでみせる、メジャーの夢を〜♪
あなたと一緒に、デビューする日を〜♪
ライラライライラライライラライ……ライラライライラライライラライ…」
「なんなんだ、コイツは〜。
や、やめてくれ、同じフレーズばかりで気がクるぅっ!!
誰かタスケテくれぇ〜!!……がはげへゴホッ」
………そのころ、T県N市では。
署から帰宅してきた柳川裕也が、部屋からいつの間にかいなくなっていた貴之を血眼になって探していたと言う。
「貴之ぃ〜、どこへ行ったァ〜!?
タカユキィ〜っ!!
プリィーズカムバァ〜ッツク!!」